コラム

日本メディアが使う「中国の少数民族」は政治的な差別表現

2020年10月19日(月)07時00分

中国が定義する「民族」はスターリンの意に反する PHOTOQUEST/GETTY IMAGES

<中国政府の言う「~族」は政治的帰属を強調する独自の民族政策に由来している>

ウイグルやモンゴル、それにチベットなど、中国の民族問題がクローズアップされている現在、日本のメディアが頻繁に使う表現がある。「中国の~族」「中国の少数民族」などだ。これらは政治的な差別用語になり得るので慎重に用いて欲しい。「民族」は古い概念だが、使い方次第で新たな問題を起こす危険性を帯びている。

今夏に突如として現れた、内モンゴル自治区の民族問題から考えてみよう。

中国政府がモンゴル人に対して中国語教育を強制したことで、大規模な抗議デモが発生。モンゴル人の母語はモンゴル語であるにもかかわらず、他民族の言葉を強要する手法は文化的ジェノサイドに当たるとして反発は強まった。

民族とは、共通の言語と経済、共通の歴史と心理を持つ人間の集団と、社会主義の祖の1人であるスターリンは定義した。これは共産主義を信奉する政治家だけでなく学界でも定着している。「中国的特色ある社会主義」を標榜する中国の理論家らも当然知っているはずだ。それでもあえて定義をすり替えて「少数民族」の1つであるモンゴル人にこの言葉を使おうとしたのには、独自の民族政策があるからだ。

中国には、自国のモンゴル人が「モンゴル人」と自称するのを禁じ、代わりに「モンゴル族」と名乗ることとする不文律の規定があった。筆者は北京の外交官育成の大学で学んでいた頃に、この政策を初めて知った。日本人と会った際に、うっかり「モンゴル人だ」と自己紹介したことで、厳しく「指導」されたのを覚えている。ウイグル人もチベット人もまた同様である。

モンゴル人はモンゴル国だけでなく、ロシアやアフガニスタンなど世界各国に分布する。どう解釈しても「族」は集団を指し、「人」( じん)は個人を意味する。一個人が民族全体を代表することはできないとの考えから、筆者は次第にこの規定に違和感を持つようになり、外交官にもなれなかった。

中国が定義する「~族」とは、中国への政治的帰属を強調した概念だ。モンゴル人にとっては独立したモンゴル国が隣にあるため、祖国への憧れを断ち切ろうと中国は個人に対しても「民族」の使用を強要する。以上は、1980年代半ばまでの話だ。

80年代後半になると、中国政府はスターリンが言うところの民族は具合が悪いと気付き始めた。従来の「民族」は英語のNationの訳語で、国民国家Nation state を建国する権利を持つ、とされてきたからだ。

モンゴル人とウイグル人にも独自の国民国家を打ち立てる権利があるとの危機感を持った中国は、慌ててアメリカで使われ始めていた新しい概念、エスニック・グループを「族群」として導入した。ここから、モンゴル人もウイグル人も「中国のエスニック・モンゴル」「中国のエスニック・ウイグル」とされた。

プロフィール

楊海英

(Yang Hai-ying)静岡大学教授。モンゴル名オーノス・チョクト(日本名は大野旭)。南モンゴル(中国内モンゴル自治州)出身。編著に『フロンティアと国際社会の中国文化大革命』など <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米年末商戦売上高が初の1兆ドル超えか、伸び率は鈍化

ビジネス

FRB、現時点でインフレ抑制に利上げ必要ない=クリ

ビジネス

NY外為市場=ドル下落、米労働市場の弱さで利下げ観

ワールド

メキシコ中銀が0.25%利下げ、追加緩和検討を示唆
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    「これは困るよ...」結婚式当日にフォトグラファーの…
  • 5
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 6
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 7
    NY市長に「社会主義」候補当選、マムダニ・ショック…
  • 8
    「なんだコイツ!」網戸の工事中に「まさかの巨大生…
  • 9
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 10
    あなたは何歳?...医師が警告する「感情の老化」、簡…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 7
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 8
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 9
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 10
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story