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南米街角クラブ

島田愛加|ブラジル/ペルー

30歳でブラジルの州立音楽院の学生になる(後編)

入学して最初にオーディションに受かったグループJazz Combo do Conservatório de Tatuíにて(2015/11/27 Photo by Aika Shimada)

晴れてブラジルの音楽院の学生になり、日本でビザを取得しサンパウロへ戻った。
10時開始の授業のため、リベルダージの宿舎を6時に出発。
高速バスの乗り心地はなかなか良く、席に座って爆睡すれば音楽院のある田舎町に到着する。

初めての登校日、ソルフェージュのクラス分けのテストが開催されたのだが、ここでまさかの出来事が起こる。
「この音符の名前を答えなさい。」という、考えてもいなかったような簡単な問題ばかりだったのだ。
まさかこんな初歩的な問題が出るとは予想もしていなかったため、ポルトガル語での音符名称を暗記していなかった。
結果、聴音(音とリズムを聞き取るテスト)は100点、理論はほぼ0点。
これをみて試験官は、険しい顔をしながら他の試験官と話し合っている。
「ポルトガル語の音楽理論の本を読んで、来学期にもう一度クラス分けテストを受けるように。」
先生たちの判断により、今学期はこの授業を免除されることになった。
初めてのテストでこんな結果になってしまい、この日は少し落ち込んだ。

その後も、座学の授業はポルトガル語がわからず殆どついていけなかった。
無理もない。勢いと運だけで突き進んだ自分に付けが回ってきた。
先生と会話するどころか、友人もできなかった。 授業を受けては宿舎に直帰し、録音した授業内容を書き起こす。
毎日それだけであっという間に時間が過ぎていった。
一切言葉を発しなかったため、周りからは恥ずかしがり屋の日本人留学生だと思われていたに違いない。

2か月が過ぎた頃、授業で使われる単語は理解できるようになっていたが、相変わらず人と会話ができない。
普段ポルトガル語を話すのは買い物をする時程度で、周りに日本人が多い環境に甘えていたのもある。
このままではいけないと思い、日本人宿舎を離れ、音楽院がある街に引っ越すことを考え始めた時、偶然にも音楽院で日系ブラジル人の女子学生と知り合った。
「日本人ですか?」 と声をかけられてびっくりした。
ブラジルには日本からの移民が多いが、2世、3世となると日本語を話せる人は少ない。
彼女は日本に住んでいたこともあり、日本語が話せる。
今の自分の状況を話したところ、音楽院の近くに下宿しており、週末は家族が住む隣町で過ごしているので部屋をシェアしないかと提案してくれた。
二つ返事で了承し、すぐに引っ越しをした。
話通り、彼女は殆ど家にいなかったたため、部屋を貸している家主とその娘さんと3人になることが多かったのだが、会話はジェスチャーゲームのような状態だった。
少しずつポルトガル語を話すことに慣れてきたが、それでも数か月は音楽院と家の往復で過ぎていく。
この頃、殆どの時間を一人で過ごしていたが、日本に帰りたいとは一度も思わなかった。
授業は毎回新しい発見があって充実していたし、何より授業についていくために必死で、あっという間に時間が過ぎていった。

年が明けて、新学期になった時、チリからやってきた留学生とアンサンブルで同じクラスになった。
彼もポルトガル語が殆ど話せなかったが(チリはスペイン語が公用語)、それが良かったのか不思議と仲良くなった。
それ以降、彼がいつも学外のイベントに連れまわしてくれたおかげで、あっという間に友人が増えていったのである。
当時は皆が話しているのをニコニコしながら聞いているだけだったが、それでも彼らはいつも私を誘ってくれた。
元々、人が好きな私は、例え会話についていけなくても皆で音楽を演奏したり、聴いたり、ご飯を食べてお酒を飲む時間を大切にした。

こうしていつの間にかポルトガル語を覚えていた。
ポルトガル語を話さないと生きていけない環境に自分を置いたのは大正解だった。

同じころ、音楽院の奨学生のオーディション募集があった。 各州立音楽院にはオーケストラや小編成グループが存在し、敷地内にある劇場や学外にて演奏を行っている。
メンバーは先生と外部演奏員、奨学生で成り立っており、奨学生には州から生活費が支払われるのだ。(前回の投稿で書いたとおり、州立学校は学費が無料である)
生活費も助かるが、自分たちの先生や経験豊富な演奏員と一緒に活動することによって学べる事が多い。
私はオーデイションを受ける気など全くなかった。
それでも友人が「受けれるものは受けておくべきだよ!」と背中を押してくれた。ブラジル人は、受かる自信がなくてもひとまず受けてみようと試験をポジティブに考える人が多い。
思い切って、初めて音楽院を訪れた日にリハーサルを見学したJazz Comboのオーデイションに応募した。
あの実験的に音楽を作り上げていくスタイルにとても興味があったのだ。
演奏員たちのパフォーマンスも斬新で、古きよきものと新しいものがごちゃまぜになった、音楽院でもいろんな意味で飛びぬけているグループだ。
オーディションでは演奏することよりも、面接に緊張して、 「エウ ゴストムイント ジ ムジカブラジレイラ!(ブラジル音楽が大好きです)」 と、オウムのように繰り返し言ったことしか覚えていない。
日本にいた頃は、絶対に受からないと思った試験は受けないという考えだったので、受けた後は不思議とスカッとした気分だった。

結果発表の前日に、主科のサックスの先生から 「アイカ!Jazz Comboに合格していたよ!おめでとう!」 と内緒で告げられた。(先生が前日に知らせてしまうとはなんともブラジルらしい)
私は信頼する自分の先生がそう言ってくれたにも関わらず、正式な発表があるまでは信じられなかった。
翌日、合格者発表にてアルファベットで書かれた私の名前をみつけた時、ようやく信じることができたのだった。

音楽院の合格発表の時にも見た、アルファベット表記の自分の名前。
この日はお祝いと称してお寿司を食べに行った。

Jazz Comboに入ったのは、運命だったのかもしれない。
彼らの音楽の創り方は、私が考えてきた音楽の創り方をぶち壊した。
リハーサル中は音色が、ピッチが、フレーズが・・・というような技術的なことは相当ひどい時にしか注意を受けない。
話すことと言えば、曲に関するイメージや背景に関することが主で、そこから派生して哲学や政治、色彩や絵画の話になることも多かった。
更には先生が一方的に話すのではなく、全員に対等に意見を求められる。リハーサルが殆どディスカッションで終わることもあり、 ポルトガル語がやっと話せるようになった私には、本当に大変だった。
リハーサルが終わると頭から煙がでそうだったが、彼らのおかげでポルトガル語のいろいろな表現を覚えることができたし(スラングも殆どここで覚えた)、何より音楽を今まで考えたことのないような違った観点から捉えることができるようになった。

実のところ、勢いで音楽院に入学してしまった私は、自分の貯金を考えたら卒業するまで在籍できないだろうと考えていた。
しかし、この奨学金制度に毎年合格することができたおかげで、無事に卒業することができたのである。
Jazz Comboに1年間在籍した後は、ブラジルの伝統的な音楽ショーロを演奏するグループに合格することもでき、同時に合格したチリ人の友人とも一緒に演奏することができた。

2.jpgブラジルの伝統音楽のグループGrupo de Choro do Conservatório de Tatuíにて、右から2番目が筆者、右から3番目がチリ人の友人Patricio(2017/10/28 Photo by Francis Jonas Limberger)

音楽院では私の音楽人生を変えるような出来事が沢山起こった。
政治的な背景により学生デモが起こった時、"学校とは学生のためにあるものだ"ということを改めて実感した。
それは決して単なる反発によるものではなく、学びたいという気持ちの現れだった。
学びたいという気持ちが一番大切が故に、学生も先生たちも、試験をあまり重要視していなかった。
更には先生たちとの距離感も近く、放課後に飲みにいったり、時には学校外で一緒に演奏することもあった。
夏休みになると、毎年友人たちと休暇中の先生の家まで泊まりに行った。
自分の師匠が自分の友人でもある。日本にいた時にはなかった感覚である。

そんな仲の良い先生の一人で、ギタリストのFabio Lealが友人の卒業リサイタルの挨拶時に話した言葉が忘れられない。

「良い音楽があるところに人が集まるのではなくて、人が集まるところに良い音楽が生まれる。」

音楽の技術的な上達も大切ではあるが、それ以前に人としての魅力を大切にしてほしいと常に伝えいた。
家で練習してばかりの学生には「もう練習はしなくて良いから、本を読んだり、旅行をしたり、恋をしたりしなさい。」
と話すこともあった。

一生涯の友人たち、恩師に恵まれ、本当に充実した時間を過ごすことができた
今回はざっくりと音楽院を卒業するまでの話を書いたが、今後は在学した5年間の出来事を詳しく書いていきたいと思う。

 

Profile

著者プロフィール
島田愛加

音楽家。ボサノヴァに心奪われ2014年よりサンパウロ州在住。同州立タトゥイ音楽院ブラジル音楽/Jazz科卒業。在学中に出会った南米各国からの留学生の影響で、今ではすっかり南米の虜に。ブラジルを中心に街角で起こっている出来事をありのままにお伝えします。2020年1月から11月までプロジェクトのためペルー共和国の首都リマに滞在。

Webサイト:http://www.aikashimada.com

Twitter: @aika_shimada

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