World Voice

アルゼンチンと、タンゴな人々

西原なつき|アルゼンチン

世界で最もコロナ禍によるダメージが大きい国のひとつ、アルゼンチンで感じること

(istock-klenger)

アルゼンチンは昨年、8か月に渡る、世界で最も長く継続したロックダウンを経験しました。
にも関わらず、現在第二波真っ只中。5月下旬には約10日間に亘る再びの厳しいロックダウンが敷かれたものの、感染者数はここ7日間の平均で未だ1日約2万6千人を記録しています。(先日のロックダウン時のピークが約4万人。この数字も、地方によっては正しく申告されていないケースが多々あり、1日で1万人の増減があったりした日もあったので、あまり信頼できません。)
ワクチンの接種も、フェルナンデス大統領が南米国の中で早々にワクチンを接種し注目されていましたが、自身がその後コロナウイルスの陽性反応が出てしまったり、またワクチン便宜で保健相が辞任したりなど、様々な問題が起きながらスローペースに進んでいます。
現在はメキシコ・アルゼンチン間で共同生産しているアストラゼネカ製ワクチンの接種が始まり、またこの6月からはロシア製ワクチンの完全国内生産が決まるなど、状況は少しずつ改善されているものの、これから冬に向かうアルゼンチン、まだまだ不安やストレスと付き合いながらの生活が続いています。


さらにアルゼンチンではコロナ禍に入る直前に行われた大統領選で政権交代が行われ、以前から不安定なこの国の経済は混乱状態のままです。
長きに渡るロックダウン、当初は大統領による「経済活動よりも国民の人命や健康を優先させる」というメッセージに、多くの人々が共感したのは事実であったと思います。
しかし今となれば経済にとっても、家庭や個人単位にとっても大きなダメージとなったのは間違いありません。それでも増え続ける感染者数は、国民ひとりひとりの責任感に問題があるとしか思えませんが、このじわじわと続く不自由な生活に国民の不満は蓄積される一方で、各所で「あの厳しい外出禁止令は果たして意味があったのか」という議論がなされています。


今年4月に、国立構造変化研究センター(CECE)と国立ロマスデサモーラ経済大学による「アルゼンチンおよび世界におけるCovid-19パンデミックの経済的・健康的影響」という調査の結果が公開されました。


この調査は、世界123か国の、2020年3月から2021年3月までの

・外出禁止措置(ロックダウン)の深刻度指数
・人口100万人あたりの死亡者数
・GDP(国内総生産)の減少率(2020年)
・人口に占めるワクチン接種者の割合


という4つのカテゴリーにおいての比較が行われたものです。


この調査から見えてきたアルゼンチンの状況はこのようなものでした。

・外出禁止措置の厳しさを示す指数は平均を40%上回った
・人口100万人あたりの死亡者数は平均の3倍
・GDP減少率は比較された国の平均の2倍
・他国のワクチンの計画や研究所との交渉がうまくいっている国に比べて、ワクチンを接種した人の割合が非常に少ない。


この研究で分析された4つ全てのカテゴリーにおいて、最もネガティブなグループに位置付けられており、アルゼンチンはこのパンデミック下で世界で最も状況が深刻な国の一つと言える、と結論づけられています。
いつでも綱渡りな危機的状況のアルゼンチンに慣れてはいるものの、書きながら悲しくなってくる気持ちは置いておいて、少しこの調査結果のデータを抜粋してみたいと思います。


経済活動×外出禁止措置の関係

GDPの減少が小さく(9,09%以下)、外出禁止措置の厳しさが低または中程度の国(=このカテゴリーとしては理想的である国)としては、メキシコ、イタリア、ブラジル、フランス、ウルグアイ、日本、米国、ロシアなどが挙がっています。
一方、GDPの減少が大きく(9,09%以上)、外出禁止措置が極めて厳しかった国としては、アルゼンチン、ペルー、イラク、バハマ、パナマの5カ国。


死者数×外出禁止措置の関係

この点については、ボルソナロ氏やトランプ氏が「パンデミックに直面した際の健康政策について大きな批判を受けた」と振り返っていますが、しかしこのデータによると、アルゼンチンの100万人あたりの死亡者数は、アメリカ・ブラジルなど異なる政策を適用した国とあまり変わらないこともわかります。
アルゼンチンでは100万人あたりの死者数がブラジルよりも多く、米国をわずかに下回った、と分析されています。
厳しい外出禁止令を実施したにも関わらず100万人あたりの死者数が多い国は、アルゼンチンの他、ペルー、パナマ、チリ、コロンビア。
一方、これらの国と同じような厳しい外出禁止令を敷きながら、死者数を抑えられた国としては、ボリビア、グアテマラ、スロベニアなどの国々です。


死者数×経済活動の関係

GDPの減少を抑えながら、人口100万人あたりの死者数が多かったところ(表1右下)には、イタリア、ブラジル、メキシコ、フランス、チリ、コロンビア、米国といった国々が位置しています。
死者数が少ないながらGDPの減少が大きかった国のグループ(表1左上)には、イラク、ベリーズ、ジャマイカ、スリナムなど。

そして誰もが所属したくないと思う国、つまり、GDPの減少が大きく、人口100万人あたりの死者数が最も多い国のグループに位置するのは、アルゼンチン、イギリス、ペルー、スペイン、パナマです。

GDPxmuerto.jpg
(表1・IMPACTO ECONÓMICO Y SANITARIO EN ARGENTINA Y EL MUNDOより、参考データ:オックスフォード大学、IMF)


最後の、ワクチンの接種状況の統計は3月22日時点のものなので省きますが、アルゼンチンの接種状況は6月11日時点で、1回目までの接種が人口当たりの割合で27.15%、2回目まで接種完了している人が6.91%です。
これに関しては、ワクチン確保が不十分で、1回目の接種を優先し、2回目の接種を先送りしているという現状があります。その為、集中治療室に搬送される新規感染者の12.1%は1回目のワクチンを接種済の人である、とも報じられています。(6月2日Clarin紙)
また、ワクチンを選ぶことは出来ません。

tabla.jpg
(表:左から、GDP縮小と死者数共に高い国/GDP縮小と外出禁止度の高い国/死者数と外出禁止度の高い国/2020年3月22日までのワクチン接種状況の比較)

実際暮らしていて感じること

そんなアルゼンチンですが、実際にこの国で暮らす中で肌で感じる影響や変化としては、例えば路上生活者の増加などが挙げられます。パンデミック前からの話ではありましたが、さらに増えていると感じます。治安の悪化は個人的には以前とそれほど変わりはないような気はします。(私感です。以前から既に悪いという事、外出の頻度が減っているから、とも言えるかもしれません。)


Uber Eatsなどのデリバリー(ここではPedidos ya・Rappiが主流です)や、個人間で物を送る・受け取る選択肢に新しく加わったUber Flash、インスタグラムを利用したショップを通しての物の売買など、今や日常生活の中にすっかり馴染んだ新しいサービスもありますが、顕著に町の様子にあらわれていることのひとつに、売りや貸しに出ている物件がとにかく多いということがあります。

vende.jpg
(VENDE=売り物件、の看板が並ぶマンション / 筆者撮影)

ブエノスアイレス市では5月末の時点で11万1,500戸を超える中古マンション、オフィス、一戸建て物件が売りに出ています。この数字は3年間で約2.5倍に増加したものであり、買い手の問い合わせは大幅に減少しているそうです。
現地メディア・インフォバエの記事 の中の専門家のコメントでは、「ブエノスアイレス市公証人協会が発表した5月のデータによると、取引はほとんど行われておらず、4月の証書数は3月に比べて6.2%減少した」と言われています。


この記事の中で挙げられているこれらの問題の要因としては、

・賃貸物件を持つことでリスクが増え、収益性が低下すると考えられ、多くの人がこのビジネスから離れていっている
・リモートワークの定着。多くの家族がブエノスアイレスを離れ、郊外に土地や家を買うために、アパートを売りに出している
・都市部の外界との繋がりの少ないマンションから、テラスやバルコニーのある物件に移ろうとする人が多い


さらに、「多くのアルゼンチン人が経済状況の悪化により、必要に迫られて不動産を処分しなければならないことも加えなければなりません」とも述べられています。

edificio.jpg
(コロナ禍前に着工されたものの工事は中断され、そのままになっているマンションも数多くあります / 筆者撮影)

これによる物件の価格の下落も大きなものです。Reporte Inmobiliario社の調査によると、最も価格が下落した地区では、前年同期比で28.4%の値下がりを記録しています。価格としては、2020年5月から今日まで、1平方メートルあたり2,445ドルから1,750ドルの下落。他の地区でも同じく、平均して約25%減といった状況です。


また、パンデミックとは関係なく経済危機が訪れる度に国内の状況に嫌気がさして、国外に移住する人も多いと感じます。
私の周りでも、既にこの1年の間に親族や友人知人をツテに移住し、活動拠点を国外へ移したアルゼンチン人の友人も少なくありません。
誰もが身近にそういった人がいるという状況で、チャンスさえあればと思っている人も多く、「国を出る」という決断も珍しいものではありません。夢を持って国を出る、という意味ではないのがなんとも切ないですが・・・。


そしてそんな状況の中でも、自国に帰国せずアルゼンチンを選んで住み続ける私のような外国人を見て、周りからは「今みんな国外に出ようとしてるときに、好き好んでアルゼンチンに留まるなんて信じられない!」と言われることも。
(そしてその度に私が言うのは、ええ、タンゴがなかったら絶対に住んでないだろうけどね・・・と答えます。)


1,2月のバケーションシーズンを経て、(パンデミックにおいてもバケーションは欠かさないアルゼンチン人)3月に少しだけ文化芸術活動なども再開したのもつかの間、それによる第二波の到来で再びのロックダウン。
感染者数の増加は、気の緩みと、祝日も多かったことへの対策が十分になされていなかった(=そのたびにパーティーが開かれていた)ツケをあからさまに感じることとなりました。
丁度今日から規制緩和して、学校の対面授業の再開や、外出は0時・飲食店の営業は23時まで可能、などとなったところです。
再び感染者数が激増しないよう、状況が改善されていくことを祈るばかりです。

 

Profile

著者プロフィール
西原なつき

バンドネオン奏者。"悪魔の楽器"と呼ばれるその独特の音色に、雷に打たれたような衝撃を受け22歳で楽器を始める。2年後の2014年よりブエノスアイレス在住。同市立タンゴ学校オーケストラを卒業後、タンゴショーや様々なプロジェクトでの演奏、また作編曲家としても活動する。現地でも珍しいバンドネオン弾き語りにも挑戦するなど、アルゼンチンタンゴの真髄に近づくべく、修行中。

Webサイト:Mi bandoneon y yo

Instagram :@natsuki_nishihara

Twitter:@bandoneona

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