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平野美紀|オーストラリア

国歌の一部を変更したオーストラリアの小さくて大きな一歩

青空に翻るオーストラリア国旗とアボリジナル国旗。公的施設等ではお馴染みの国旗と共にアボリジナル国旗も掲げられている。Credit:leodaphne-iStock

年の瀬の大晦日、オーストラリアにとって天地がひっくり返るようなビッグ・ニュースが飛び込んできた。それは、2021年から国歌の一部が変更になるというものだ。

国歌の歌詞が変更に?! ―― そんなことは、滅多にあることじゃない。
しかも、半ばサプライズのような形で、2020年度を締めくくる大晦日の日にいきなり発表されたのだから、世界もさぞや驚いたに違いない。

なぜ、オーストラリアは国歌を変更したのか?
そこには深い意味と大きな決意が込められていた。

オーストラリア国歌の歴史

オーストラリアの国歌『アドバンス・オーストラリア・フェア』。1984年に正式に国歌となり、この曲が1878年に初めて歌われだしてから140年以上が経つ。

それ以前は、英国統治下であった頃から歌われていた英国の国歌『ゴッド・セーブ・ザ・クィーン(キング)』を国歌としていた。

1901年に英国から独立し、連邦政府となってからも、『ゴッド・セーブ・ザ・クィーン(キング)』が引き続き歌われていたが、1956年に開催されたメルボルン五輪の頃より、独自の国歌を作ろうという動きが活発化。

1974年から複数回の国民投票を経て、1984年、『アドバンス・オーストラリア・フェア』が国歌として選ばれた。

変更になったのはどの部分か

2021年1月1日から変更になったのは以下の赤字部分。

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~Advance Australia Fair~ アドバンス・オーストラリア・フェア(訳詞)

参照元:在日オーストラリア大使館日本語ページ ※日本語訳には筆者が少し手を加えています。

Australians all let us rejoice,  我々オーストラリア人は歓喜する
For we are young and free,  我々は若くて自由だから ⇒ For we are one and free 我々はひとつで自由だから
We've golden soil and wealth for toil;  労苦に耐えて手にした金のように輝く土地と実りがある
Our home is girt by sea;  故国は海に囲まれている
Our land abounds in Nature's gifts 大地は自然の恵みにあふれている
Of beauty rich and rare;  それは豊かでたぐいまれなる美しさをたたえている
In History's page, let every stage 故国の歴史の中で、いついかなるときも
Advance Australia Fair.  公明正大なオーストラリアに前進あれ
In joyful strains then let us sing,  喜びに、声高らかに歌おう
Advance Australia Fair.  アドバンス・オーストラリア・フェア(公明正大なオーストラリアに前進あれ)

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上記の通り、二段目の " young and free" の部分が " one and free"へと変更になっただけであるが、これはオーストラリアにとって非常に大きな意味を持つ。

そりゃあ、オーストラリアは独立してからずいぶん経つし、もう若くないでしょう...という意見もあるかもしれない。たしかにその通りだ。

ただ、オーストラリアが国として「若い」とされてきたのは、西洋人入植以降に誕生した近代国家の歴史だけを指している。この視点は、オーストラリア大陸にもともと暮らしてきた先住民たちの何万年という長い歴史を無視しているのではないか?

先住民の人たちはもとより、近年、そう考える人たちが増えつつあるなか、昨年11月には、ニューサウスウェールズ州のグラディス・ベレジクリアン州首相自ら、先住民と共に歩んできたオーストラリアという国の歴史を国歌にも反映させるべきであるとの見解を示し、この「we are one and free」への変更を提案。共感を呼んだ。(参照

こうした一連の動きを受けて連邦政府が検討を重ね、歌詞変更を決定。現代においても英女王エリザベス二世(ただし、オーストラリアではオーストラリア女王となる)を元首とする立憲君主制をとるオーストラリアで、元首の代理を務める総督の同意を得て、1984年の国歌制定以来初となる「国歌歌詞変更の宣言書」が正式に発布された。

変更後の新しい全歌詞とオーストラリア総督による宣言書はこちら (PDF)

YOUNGから ONEへ。変更することで何が変わるのか

このわずか一単語の変更には、深い意味が込められている。

この歌詞変更を伝える会見で、モリソン首相は 『spirit of unity(団結の精神)』を強調。

昨年は、大規模森林火災、そして新型コロナウイルスによるパンデミックという大きな国難が続くなか、「不屈の精神で乗り越える『団結』の力を再確認した」と、モリソン首相は述べ、「近代国家としてのオーストラリアはまだ若いかもしれない。しかし、我々の国の歴史は古く、多くの資産を受け継いできた先住民の方々の物語もそのひとつだ。我々がそれを正しく認識し、敬意を表するためにも、この『団結の精神』を共通する真価として国歌に反映させることは当然のこと。歌詞の一部が変更になるだけではあるが、このことは(我々に)多くのものを与えてくれると信じている」と続けた。

先住民の人々が築き上げてきた長い歴史を尊重し、お互いにさらに団結して「ひとつ」になって前進していこう...という願いが込められた「We are One」なのだろう。

この国歌の歌詞変更の報に、先住民ヨルタヨルタ族出身の歌手デボラ・チータム氏やファースト・ネーション(先住民族)財団会長イアン・ハム氏も歓迎の意を示した。(参照

また、野党である労働党のアンソニー・アルバネーゼ党首は、オーストラリアは「地球上最古かつ継続的な文明を持つ先住民たちと共に歩んでいるという事実を誇りに思うべきである」とコメントした。(参照

実は、こうした国歌歌詞変更の動きに先駆け、12月5日に行われた国際ラグビー試合オーストラリア vs アルゼンチン戦では、先住民族の言葉のひとつエオラ語バージョンの国歌が斉唱されたことで話題となった。(参照

しかし、これについても「歌詞が同じままで、言葉を変えただけでは意味がない」と、先住民族出身者らから批判の声が上がっていたのも事実だ。(参照

今回、国歌の歌詞を変更したことで、内外にもその決意を示したオーストラリア。

ファースト・ネーション(先住民族)財団のイアン・ハム会長は、先のインタビューでこう語っていた。

「我々は(オーストラリア人として)分断されるのではなく、絆で結ばれたひとつの国として、先住民の歴史はオーストラリアの歴史の一部であると認識する必要がある。"one and free"の部分は、我々を結びつけるものが何かを見つけ、国として何者であるかという(オーストラリア人や日本人といったような"何人"であるのかという)議論の焦点となる箇所。本当に良い変更だと思う」(参照

筆者もこのフレーズで、これからのオーストラリアを見守っていきたいと思う。

Advance Australia Fair!(公明正大なオーストラリアに前進あれ!)

 

Profile

著者プロフィール
平野美紀

6年半暮らしたロンドンからシドニーへ移住。在英時代より雑誌への執筆を開始し、渡豪後は旅行を中心にジャーナリスト/ライターとして各種メディアへの執筆及びラジオやテレビへレポート出演する傍ら、情報サイト「オーストラリア NOW!」 の運営や取材撮影メディアコーディネーターもこなす。豪野生動物関連資格保有。在豪23年目。

Twitter:@mikihirano

個人ブログ On Time:http://tabimag.com/blog/

メディアコーディネーター・ブログ:https://waveplanning.net/category/blog/

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