コラム

ハリウッドの映像製作で本当のパワーを持ち始めた女性たち

2019年03月19日(火)20時30分

フリートウッド・マックのアルバム「噂(Rumours)」が出た頃にはインターネットなどなかったので当時のファンはあまり知らなかったのだが、「フリートウッド・マック」の成功の陰で、高校時代から一緒だったスティービーとリンジーは決別し、クリスティン・マクヴィーと夫のジョンも別れるなどバンド内の人間関係は崩壊状態だったという。むろん「デイジー・ジョーンズ&ザ・シックス」は「フリートウッド・マック」ではない。「フリートウッド・マック」を含めた70年代の典型的なロックシーンを通じて、どの世代の若者であっても体験する青春時代特有の苦悩や甘酸っぱさ、そして何十年も経ってから振り返ったときの「後悔」をノスタルジックに再現してくれる小説だ。

この本は、すでにアマゾンのプライム・ビデオでのシリーズ化が決まっている。このプロダクションの背後にいる大物は、女優のリース・ウィザースプーンだ。

ウィザースプーンは、映像プロダクション会社を設立し、運営するかたわらで、「ハロー・サンシャイン(Hello Sunshine)」というメディア会社を2016年に共同創始した。「ハロー・サンシャイン」でウィザースプーンが始めた「ブッククラブ(Book Club、読書会)」は、出版業界だけでなく、ハリウッドでも非常に大きな影響力を持つようになっている。ウィザースプーンは、自分を含めたチームで毎月1冊の推薦本を選び、それをソーシャルメディアでPRし、Amazon、Audibleといったネット書店だけでなく、IndieBoundを通じて、ローカルなインディ書店での販売も応援している。

ウィザースプーンが選んだ本は、すべて大ベストセラーになるのだが、彼女の目的はもっと大きなものだ。彼女は、『ゴーン・ガール』や『わたしに会うまでの1600キロ(Wild)』など、自分で見つけた本を映画プロデュースし、ときには自分で演じ、大ヒットさせるのだ。

ウィザースプーンは他の場にも影響力を広げている。ケーブルテレビ局のHBO で人気作家リアーン・モリアーティの『Big Little Lies(邦題:ささやかで大きな嘘)』のドラマシリーズをプロデュースして大成功させ、今年スタートするアップルの「Apple drama(アップル・ドラマ)」でもエグゼクティブ・プロデューサーとして創作を進めているという。そして、この『デイジー・ジョーンズ&ザ・シックス』ではエグゼクティブ・プロデューサーを務めている。

ウィザースプーンが『デイジー・ジョーンズ&ザ・シックス』をハロー・サンシャインで推すことを知って即座に本を買って読み、「うちでやらせてくれ」と持ちかけたのが元NBCエンターテイメントの社長で現在アマゾン・スタジオのトップであるジェニファー・サルクだ。

この企画には、作者のテイラー・ジェンキンズ・リードも加わることになっている。つまり、『デイジー・ジョーンズ&ザ・シックス』は原作からプロデュースまで実力ある女性たちが作る映像ということなのだ。

ハリウッドは、プロデューサーや監督というトップのレベルで男性が絶対の権力を持っていた。そのために性的暴力やセクハラの温床になり、それが #MeToo の大きなムーブメントのきっかけになった。だが、そのムーブメントの背後で、こうしてプロダクションのレベルで女性が力を持ち始めている。それを示すのが、この『デイジー・ジョーンズ&ザ・シックス』だ。

『デイジー・ジョーンズ&ザ・シックス』もよく読むと、カリスマ性があるビリーの運命を決めたのが、デイジーと妻のカミーラという2人の強い女性だったことがわかる。そこが、これまで多く存在したロック小説とは異なっている。

女性が率いるチームが、この原作を使ってどんな70年代ロック映像を作ってくれるのか非常に楽しみである。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国、ガリウムやゲルマニウムの対米輸出禁止措置を停

ワールド

米主要空港で数千便が遅延、欠航増加 政府閉鎖の影響

ビジネス

中国10月PPI下落縮小、CPI上昇に転換 デフレ

ワールド

南アG20サミット、「米政府関係者出席せず」 トラ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216cmの男性」、前の席の女性が取った「まさかの行動」に称賛の声
  • 3
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 4
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 7
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 8
    レイ・ダリオが語る「米国経済の危険な構造」:生産…
  • 9
    「非人間的な人形」...数十回の整形手術を公表し、「…
  • 10
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 7
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 8
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 9
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 10
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story