コラム

強烈な「毒親」の呪縛から、大学教育で抜け出した少女

2018年12月21日(金)17時00分

タラの人生が変わったきっかけは、この難関のブリガムヤング大学に入学したことだった。だが、17歳にして初めて体験する「学校」に慣れるのは難しかった。小学校で教わるような常識も知らないのだから。ナチスドイツによるユダヤ人大虐殺の「ホロコースト」を聞いたこともなかったタラは同級生から奇異の目で見られ、誤解されたりする。

親から教え込まれた厳格な宗教観とサバイバリストの思想から抜け出すのも容易なことではなかった。自宅に戻るたびに学校での教育と親の思想の間で葛藤したタラだが、大学を卒業後に、ビルとミランダ・ゲイツ財団が創始した「ゲイツ・ケンブリッジ奨学金制度」でイギリスのケンブリッジ大学の大学院に進学した。そして、ハーバード大学でも学ぶ機会を得て、ついに思想史と政治思想で博士号を取得する。

学校に通うこともできなかった少女がここまでの教育を得たことには驚愕するが、タラと家族との関係は彼女が教育を得るにつれ困難になっていった。兄のショーン(仮名)の暴力がエスカレートしたのにもかかわらず、両親は彼をかばい、暴力を訴えるタラのほうを糾弾して精神的に追い詰めた。そして、ついにタラは親や兄弟の一部と縁を切ることになる。

この回想録が出版された後、タラの両親は弁護士を雇って「事実無根だ」と主張している。また、事故や大怪我がたえない家族と、それを母のアロマテラピーで治す部分に「この回想録は信用できない」と感じる読者がいるようだ。しかし、タラの昔のボーイフレンドは「この本に出てくる Drew は私だ。タラと僕は現在では付き合っていないが」と前置きしたうえでアマゾンのレビューでこの本の信憑性を裏付けしている。彼はこの本に登場する主要人物全員に何度か会っているし、ここに書かれていることはタラだけでなく他の人物の言動で目撃したと語っている。

タイトルから想像できるように、この本は偏った信念や宗教によるマインドコントロールから抜け出して、自分自身を信じるための教育の重要性を語っている。教育を否定された子供が閉ざされた環境で育つ恐ろしさも。だが、アメリカの多くの読者は「家族」の葛藤の部分にも共感したのではないだろうか。

この部分では、同じく今年刊行されたスティーブ・ジョブズの娘の回想録『Small Fry』を連想する。どちらも、いわゆる「毒親」に翻弄されながらも、愛される努力をし続けた娘の心理が描かれている。私も父との関係で共通する体験をしているので、二人の葛藤が実に切なかった。

タラもジョブズの娘のリサも、結果的には親に心理的に別れを告げることで人生に折り合いをつけるのだが、日本でもそこに励まされる読者がいるだろう。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イスラエル、レバノンと数日内に協議へ ヒズボラと戦

ワールド

北朝鮮の金総書記、多連装ロケット砲の発射訓練視察=

ワールド

ロシアがイランに無人機「シャヘド」供与=ゼレンスキ

ワールド

トランプ氏、カーグ島再攻撃を示唆 イランとの取引「
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのミュージカル入門
特集:教養としてのミュージカル入門
2026年3月17日号(3/10発売)

社会と時代を鮮烈に描き出すミュージカル。意外にポリティカルなエンタメの「魔力」を学ぶ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製をモデルにした米国製ドローンを投入
  • 2
    有人機の「盾」となる使い捨て無人機...空の戦いに革命をもたらす「新世代ドローン」とは?
  • 3
    ズボンを穿き忘れてる! 米セレブ、下を穿かず「目のやり場に困る」衣装...「これはオシャレなの?」
  • 4
    イラン攻撃のさなか、トランプが行った「執務室の祈…
  • 5
    ファラオが眠る王家の谷に残されていた「インド系言…
  • 6
    機内で「人生最悪」の経験をした女性客...後ろの客の…
  • 7
    「映画賞の世界は、はっきり言って地獄だ」――ショー…
  • 8
    ホルムズ封鎖で中国動く、イランと直接協議へ
  • 9
    ショーン・ペンは黙らない――「ウクライナへの裏切り…
  • 10
    世界の視線は中東から日本へ...企業主導で築くインド…
  • 1
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 2
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 3
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」と言われる外国特派員の私が思うこと
  • 4
    「このままよりはマシだ」――なぜイランで米軍の攻撃…
  • 5
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 6
    職業別の収入に大変動......タクシー運転手・自動車…
  • 7
    キャサリン皇太子妃、英連邦デー式典に出席...公開さ…
  • 8
    ショーン・ペンは黙らない――「ウクライナへの裏切り…
  • 9
    世界の視線は中東から日本へ...企業主導で築くインド…
  • 10
    40年以上ぶり...イスラエル戦闘機「F-35I」が、イラ…
  • 1
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 2
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 3
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 4
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 5
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 6
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 7
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 8
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 9
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
  • 10
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story