コラム

完璧ではないフェミニストたちの葛藤

2018年05月22日(火)19時15分

さらりと描かれているが重要なのが、フェイスが人生を捧げてきた第2世代のフェミニズムへの現代の若いフェミニストからの批判だ。グロリア・ステイネムの世代のフェミニストが戦って人工中絶を合法にしたのに、現代の若いフェミニストはそれらの達成を当然の権利として受け取り、その上で「中流階級の白人女性のフェミニズム」と批判する。それに対する苛立ちは、私の世代以上のフェミニストの女性が共有するものだ。

急進派のフェミニストからの批判は、この小説『The Female Persuasion』にも向けられている。彼女たちは、もっと直接的なフェミニズム小説の『The Power』に共感を覚えるようだ。

しかし、社会を変えようとするときには、これらのどちらか一方ではなく、「どちらも」が活動をするべきではないだろうか。しかし、現実にはなかなかそうはいかず、急進派が「中流階級の白人女性のフェミニズム」を罵倒してパワーを削ってしまうことがある。

2016年の大統領選挙の現場で私が見たのは、若い女性の多くがヒラリー批判のリベラル急進派につくか、無関心かのどちらかを選んだという現実だ。ヒラリー支持の若い女性(特に大学生)はピアプレッシャー(仲間からの圧力)で黙り込むしかなかった。

その結果がトランプ勝利だ。だが私が知る限り、あれほど声高だったリベラル急進派の誰も反省はしていない。

読んでいるときに思ったのだが、フェイスの欠陥は、ヒラリーの欠陥を連想させる。「重要なことを成し遂げるためには、金や権力への妥協も必要」と受け入れている部分だ。

ローサイの資金援助をしていた企業が女性救済事業での失敗を隠蔽していたことが判明したとき、フェイスは「大きな善を成し遂げるためには、小さな犠牲は必要」という態度を取る。そんなフェイスに対し、グリーアはフェイスへの忠誠心と自分の信念の間で悩む。

このときのグリーアの選択がその後の彼女の人生を変えることになるのだが、読者の私たちならどうしただろうか?

「重要なことを成し遂げる」ためには小さな嘘や犠牲を許すべきなのか、不可能に近くても「純粋である」ことを重視してすべてを犠牲にするべきなのか。そういった葛藤は、なにもフェミニズムに限ったことではない。多くの人が人生のいろいろな場面で直面する葛藤だ。

『The Female Persuasion』のテーマはフェミニズムだが、多くの登場人物の生き様を通して近代アメリカ社会を描いているという点で、現代アメリカを代表する文芸小説作家とみなされているジョナサン・フランゼンの作品と似ている。ゆえに、女性小説ではなく、アメリカ社会の歴史的な背景を含む人間観察小説ととらえたほうが、より楽しめるだろう。


プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米ISM製造業景気指数、4月48.7 関税の影響で

ワールド

トランプ氏、ウォルツ大統領補佐官解任へ=関係筋

ビジネス

物言う株主サード・ポイント、USスチール株保有 日

ビジネス

マクドナルド、世界の四半期既存店売上高が予想外の減
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story