コラム

完璧ではないフェミニストたちの葛藤

2018年05月22日(火)19時15分

グリーアがローサイでの仕事に生きがいを見出していたとき、プリンストン大学を卒業してマニラで働いていたコリーの家族に悲劇が訪れる。母が事故で弟を轢き殺すという事件で母の精神状態は不安定になり、父は母を見捨てて故郷のポルトガルに戻ってしまう。生活能力を失った母の面倒をみるために、コリーは仕事を辞めて実家に閉じこもる。

グリーアとコリーが高校生の頃に計画した将来は崩壊し、グリーアは仕事に没頭する。その甲斐あってローサイで頭角を現すが、その直後に完璧だと思っていたローサイとフェイスがそうでなかったことを知る......。

『The Female Persuasion』は、読む人の性、年齢、人生経験によって評価が異なる小説であることは間違いない。タイトルの「female persuasion」は、「person of female persuasion(女の種類に属する人)」というユーモアを持って使われた昔の表現から来ていると思うのだが、それにpersuasion(説得力、信念)という意味も含めているのだと思う。このタイトルからも感じるように、読者によって解釈が異なる作品だと思う。

残念ながら読む男性は少ないだろうし、若い女性は「生ぬるいフェミニズム」だと感じるかもしれない。フェミニズムは、それを敵視する人々が想像するような一枚岩ではないのだ。実際に、「読むなら『The Power』のほうを薦める」という意見をいくつか目にした。後に語るが、マイノリティの女性が問題視するところもある。

だが、若い頃からフェミニズムについて関心があった私の年代の女性は、きっと真摯で勇敢な小説だと感じるだろう。なぜなら、フェミニズムの「都合が悪い真実」も隠さずに描いているから。

若いグリーアが誰よりも尊敬し、憧れたフェイス・フランクは、最も有名なフェミニストのグロリア・ステイネムを連想させる存在だ(私はステイネムと会って話したことがあるが、本当に魅力的だった)。トレードマークのスウェードのブーツを履きこなし、若い頃からの美貌を失わず、声を荒げずして主張を通し、人々を魅了する。真っ向からの戦うのではなく、制度の中に入り込んで内部から変えていくことを信じるタイプだ。

そのほうが多くの人々を変えることができるし、長期的には多くの女性を救うことができるとフェイスは信じる。妥協も必要悪だと納得している。「多数を救うためなら少数は犠牲にする」という割り切りもできる人物だ。

そんなフェイスに失望する理想主義者のグリーアも、親友を裏切ったことがある。

フェイスのかつての親友も、大きな矛盾をかかえる女性だ。違法だったときに中絶し、酷い扱いを受けて死にかけたというのに、その過去を隠したまま有名な政治家になり、「中絶合法化反対」のリーダー的存在になる。しかし、女性のこの矛盾した行動は、実社会では珍しいことではない。

フェイスのローサイに出資した男性は、善と悪、本音と建前を持つリベラルだが、ハリウッドから政治家まで、似たような男性は数え切れない。

理想だけでやっていけるほど、この世の中は甘くない。そこをしっかりと語っているところが、ティーンの少女が世界を救う流行りのSFとは異なる。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

午前の日経平均は反発、半導体関連に物色 早期利上げ

ワールド

原油先物ほぼ横ばい、ウクライナ和平協議を注視

ワールド

スーダンの準軍事組織RSFが休戦表明 国軍は拒否

ワールド

銅相場は堅調、供給動向と米在庫を注視
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネディの孫」の出馬にSNS熱狂、「顔以外も完璧」との声
  • 3
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後悔しない人生後半のマネープラン
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    「搭乗禁止にすべき」 後ろの席の乗客が行った「あり…
  • 8
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 9
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 10
    「イラつく」「飛び降りたくなる」遅延する飛行機、…
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 3
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 4
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 5
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 6
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 7
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 8
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 9
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 10
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story