コラム

トランプの卑小さを露呈させた暴露本「炎と怒り」

2018年01月10日(水)10時30分

暴露本が前倒しで発売された5日、各地の書店でハードカバーが売り切れに Shannon Stapleton-REUTERS

<年明けに発売された話題の暴露本に新事実はないが、トランプ政権のあまりにも酷い実態がこれで露わになった>

ドナルド・トランプ米大統領とホワイトハウスの内情を暴くノンフィクション『Fire and Fury』は、発売前に一部がメディアで紹介されて話題になっていた。

ホワイトハウスは出版の差し止めを請求したが、出版社のHenry Holt and Co.はそれに応じず、発売日を前倒しして5日に発売した。トランプ大統領の過剰反応がかえって読者の好奇心をそそったのだろう、発売日に全米の書店でハードカバーが売り切れ、アマゾンでもハードカバーは在庫切れ、キンドル版とオーディオブック版ではベストセラー1位になっている。

じつは、著者のマイケル・ウルフ自身も、トランプに負けじとお騒がせな人物だ。ニューヨークを拠点に出版・メディア業界で長いキャリアを持つが、あちこちで摩擦を起こし、多くの人々を怒らせてきた。

その1人が、英タイムズ紙、20世紀フォックス、ウォール・ストリート・ジャーナルを次々と買収していったニューズ・コーポレーションの創始者かつCEOのルパート・マードックだ。ウルフはマードックに近づいて親しくなり、2008年に『Man Who Owns The News』という伝記を書いた。しかし、マードックが想像したような高尚で好意的な内容ではなく、まるでゴシップ雑誌のように批判的で嘲笑するような内容だった。むろんマードックは激怒したという。

ウルフは、トランプ政権下のホワイトハウスに入り込んで200回以上の取材を行ったというが、彼の経歴について忠告してやる者はいなかったのだろうかと疑問を感じる。彼が書いた作品を読んだ人がいなかったからかもしれない。トランプは新聞の見出し以上の活字は読まないことで知られるし、ウルフによると彼の側近や家族で少しでも本を読む(読める)のは、スティーブ・バノンだけらしい。

通常、大統領やホワイトハウスに接近できるのは、その道でしっかりしたキャリアを持つ人物だけで、それを確認するために多くのプロが下調べをする。ウルフがこのような暴露本を書けた事実そのものが、トランプ政権下のホワイトハウスが国を指導するために必要な最低限度の知識と能力に欠けたアマチュア集団であることを示している。

まるでその場にいるかのような臨場感のある表現で伝えるウルフの文章は、ゴシップ雑誌やタブロイド新聞のようだ。個々の人物の発言の信憑性は確かではないが、まったくの「偽り」だ思う内容はほとんどない。アメリカのニュースを追っている人であれば、これまでにメディアに流れたリークですでに知っていることばかりだ。

また、私が実際にその場にいた人からオフレコで聞いたエピソードのいくつかも一致している。発言の中での単語の選択や表現などの誤りはあるかもしれないが、全体像としてはそう現実から遠くないと思わせる。

先にも書いたが、内容に驚きはほとんどない。

その中で私が興味深いと感じた点をいくつか紹介しよう。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ウ大統領、和平案巡り「困難な選択」 トランプ氏27

ワールド

米、エヌビディア半導体「H200」の中国販売認可を

ワールド

プーチン氏、米国のウクライナ和平案を受領 「平和実

ビジネス

ECBは「良好な位置」、物価動向に警戒は必要=理事
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    中国の新空母「福建」の力は如何ほどか? 空母3隻体制で世界の海洋秩序を塗り替えられる?
  • 4
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 5
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    ロシアのウクライナ侵攻、「地球規模の被害」を生ん…
  • 8
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 9
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 10
    EUがロシアの凍結資産を使わない理由――ウクライナ勝…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 9
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story