コラム

大統領選の波乱を予兆していた、米SF界のカルチャー戦争

2016年12月20日(火)17時40分

 またパピーズのリーダー格のVox Dayは、「Why Women's Rights Are Wrong(なぜ女性への公平な権利は間違っているのか)」というタイトルのエッセイで、「僕は実際には女性のことが大好きであり、幸せでいてもらいたい。だからこそ、僕は女性が求める公平な権利を撲滅すべき病だとみなしているのだ」と、前時代的な「女性への思いやり」を見せている。

 アメリカには、現代社会に定着しつつある多様性やリベラルな姿勢に被害者意識を持つ白人男性がけっこういる。彼らは、女性や肌の色が異なる人種や同性愛者が自分たちにとって安泰だった世界を壊していくことへの鬱憤をためている。パピーズは、そんな読者にターゲットを絞り、ネットで情熱的なキャンペーンを繰り広げた。

 その結果、2015年のヒューゴー賞候補作は、パピーズのメンバーや仲間の作品ばかりになってしまったのだ。

 ヒューゴー賞は、ワールドコンに登録すれば誰でも投票できる民主的な選出方法であり、これまで仲間内の信頼感で支えられてきた。高い料金を払わなければならないワールドコンに登録するファンは限られている。そこで、比較的少人数が受賞作を決めることになる(2014年の投票数は3587)のだが、彼らは独自の意見を持つ「通」のファンであり、結果は信頼できた。しかし、パピーズのように強い動機を持つグループが意図的に参加すれば簡単に最終候補を操作できる脆弱さもあった。

 パピーズからの攻撃に、著名なSF作家やファンはショックを受け、憤った。授賞式のプレゼンターを依頼されたベテラン女性SF作家Connie Willisは抗議のために依頼を拒否し、パピーズの作家と名前を並べることを恥じた作家2人は候補入りを辞退した。

【参考記事】オルト・ライト(オルタナ右翼)とは何者か

 ノベラやショートストーリー部門などでは最終候補がパピーズ推薦作ばかりになってしまったので、世界SF大会の参加者は「No Award(受賞該当作なし)」に投票することで抵抗した。その結果、2015年は「受賞該当作なし」だらけになった。だが、パピーズ攻撃で完全に崩壊しなかった長編部門は、中国人作家Cixin Liu(劉慈欣)の『The Three Body Problem』(原題は『三体』)が受賞作に選ばれた。

 このカルチャー戦争は、2015年では終わらなかった。

オルタナ右翼との関連

 2016年でノミネート作品が発表されたとき、右翼系オンラインニュースサイトの「ブライトバート・ニュース」は、喜々として「SFのヒューゴー賞をアンチSJW作家がまたも独占 !」と伝えた。長編部門のリストを見ると、今年のパピーズの推薦作には、ニール・スティーヴンスンの『Seveneves』のようにれっきとした大作もある。だが、娯楽作品としては評価できてもヒューゴー賞の最終候補にはふさわしくないファンタジーも入っている。

 大統領選の経緯を追ってきた人ならご存知だと思うが、ブライトバート・ニュースの最高経営責任者スティーブ・バノンは、トランプの選挙対策本部の最高責任者で、新政権の首席戦略官となった。ブライトバート・ニュースは、トランプの当選にも大きく貢献している。

 つまり、2015年のヒューゴー賞での出来事は現代アメリカの白人男性層の不満を反映し、2016年の大統領選を予期させるものだった。

 しかし、アメリカのSF界はまだ負けていない。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

存立危機事態巡る高市首相発言、従来の政府見解維持=

ビジネス

ECBの政策「良好な状態」=オランダ・アイルランド

ビジネス

米個人所得、年末商戦前にインフレが伸びを圧迫=調査

ビジネス

オランダ中銀総裁、EU予算の重点見直し提言 未来の
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネディの孫」の出馬にSNS熱狂、「顔以外も完璧」との声
  • 3
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後悔しない人生後半のマネープラン
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 6
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    「搭乗禁止にすべき」 後ろの席の乗客が行った「あり…
  • 9
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 10
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 3
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 4
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 5
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 6
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 7
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 8
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 9
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 10
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 8
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story