コラム

楽都・松本 音楽情操教育「スズキ・メソード」はここから世界に広まった

2020年09月15日(火)16時00分

撮影:内村コースケ

第21回 平田駅 → 北松本駅
<令和の新時代を迎えた今、名実共に「戦後」が終わり、2020年代は新しい世代が新しい日本を築いていくことになるだろう。その新時代の幕開けを、飾らない日常を歩きながら体感したい。そう思って、東京の晴海埠頭から、新潟県糸魚川市の日本海を目指して歩き始めた。>

map1.jpg

「日本横断徒歩の旅」全行程の想定最短ルート :Googleマップより

map2.jpg

これまでの20回で実際に歩いてきたルート:YAMAP「軌跡マップ」より

◆「楽都」の原点「スズキ・メソード」

7R409530.jpg

筆者が子供時代に使っていたものと同時代のスズキ・メソードの教本=鈴木鎮一記念館蔵

僕の幼少期の夢は「お百姓さん」だった。1970年代のアメリカのテレビドラマ「大草原の小さな家」の開拓民の暮らしに憧れていた。大人になったら、原作者でドラマの主役でもあるローラのお父さん(チャールズ・インガルス)のように、昼は農業や牧畜に汗を流し、夜になったらバイオリンを弾くような生活がしたかった。少年期にはそれが都会的に変化して「オーケストラのバイオリニスト」になったが、子供時代の夢の中心には「バイオリン」があった。

バイオリンを習い始めたのは幼稚園に入った頃だが、中学の途中で自分には音楽的才能がないと気づいてやめた。特に、楽器を自在に操るような器用さが自分には決定的に欠けている。高校に上がると、どういうわけか、仲良くなった友だちが揃いも揃って音楽の天才だった。その中には、名の知れたプロのミュージシャンになっている者が2人もいる。そのことも拍車をかけて、音楽的才能の欠如と音楽的挫折が、今日まで自分の最大のコンプレックスになっていた。

そんな自分の音楽の原点は、「スズキ・メソード」だ。バイオリニストの鈴木鎮一(しんいち)が創始した教育法で、僕は幼稚園に入った頃に、都内のスズキ・メソードのバイオリン教室に通い始めた。その後、カナダに引っ越してスズキ・メソードは継続しなかったのだが、今回、松本を歩くにあたって、鈴木鎮一の松本の自宅が今は記念館になっているのだと担当編集者から聞き、数十年ぶりにスズキ・メソードのことを思い出した。そして、スズキ・メソードが松本から世界に広まったことをあらためて知った。

松本は、「山"岳"」「音"楽"」「"学"門」の町の3つの「ガク」の顔を合わせ持つ、「3ガク都」である。松本市中心部を歩く今回は、観光の目玉である国宝・松本城や「蔵がある町並み」をおさらいしつつ、「楽」に重点を置き、市北部にある鈴木鎮一記念館を目指すことにした。

◆国産ギターの聖地

7R402088.jpg

平田駅近くのフジゲン本社

今日の旅の相棒は、やはりかつてミュージシャンを目指していたという、ギターやベースを弾くKカメラマンである。その彼が「最近気になる」と言うギターメーカー「フジゲン」の本社工場が、今回のスタート地点、JR篠ノ井線・平田駅の近くにあった。1960年創業のフジゲンは、高級クラシックギターと対米輸出用のエレキギターの生産から社業をスタートした。森林資源が豊富な「岳都」松本の立地を生かした木工産業の一つと言っていいだろう。1964-68年のエレキブームの時代には国内の大小80社がエレキギター生産に参入したというが、その後海外メーカーに押される形で、ほとんどが姿を消した。いち早くギター生産を始めたフジゲンは、老舗中の老舗であると同時に、現在も生き残っている数少ない国内ギターメーカーである。

30代のKカメラマンにとっては、フジゲンと言えば、アメリカの「フェンダー」をはじめ、国内外の超一流ブランドのギターのOEM生産を手掛けた1980年代以降のイメージが強いようだ。我々カメラマンとすれば、世界のトップブランドのOEMをしているメーカーと言えば、同じ長野県の「コシナ」(中野市)が思い浮かぶ。ドイツの超一流レンズメーカー、「カール・ツァイス」、同じくドイツの「フォクトレンダー」ブランドのカメラ・レンズの生産を数多く手掛け、国内大手メーカーのレンズも生産する。

2年前に、Kカメラマンを含むカメラマン仲間とコシナの工場見学をしたのだが、案内してくれたスタッフの皆さんの人柄からも、非常に誠実で真面目な社風を感じた。それは、信州人の県民性そのものである。フジゲンもきっと、そんな感じの会社なんだろうなあと思いながら、本社の門をくぐり、見学ができないか聞いてみた。もちろん、無理なのは承知のうえでのアポ無し訪問だったが、休日出勤の社員の方が丁寧に応対してくれた。ギター生産はここではなく、大町工場でしており、松本では輸出ブランドの車用ウッドパネルを作っているとのこと。多角化しないと生き残れない厳しい現実が垣間見える。現在のギターの生産拠点がある大町市は、ゴールの糸魚川の手前の最後の大きな町だ。うまくすれば、立ち寄って工場見学ができるかもしれない。

ちなみに、長野県はギターの生産日本一で、フジゲン以外にもギター関連メーカーが多くある。毎年松本で「信州ギター祭り」と銘打った展示会が開かれていて、コロナ禍の今年も、時期を8月から11月14・15日にずらして開催される予定だ。約150本の信州産ギターが展示されるという。

プロフィール

内村コースケ

1970年ビルマ(現ミャンマー)生まれ。外交官だった父の転勤で少年時代をカナダとイギリスで過ごした。早稲田大学第一文学部卒業後、中日新聞の地方支局と社会部で記者を経験。かねてから希望していたカメラマン職に転じ、同東京本社(東京新聞)写真部でアフガン紛争などの撮影に従事した。2005年よりフリーとなり、「書けて撮れる」フォトジャーナリストとして、海外ニュース、帰国子女教育、地方移住、ペット・動物愛護問題などをテーマに執筆・撮影活動をしている。日本写真家協会(JPS)会員

ニュース速報

ワールド

G7、中国との「対抗・競争」の必要性で結束=ホワイ

ワールド

英首相、コロナ変異株に「深刻な懸念」 規制解除延期

ビジネス

日経平均は反発スタート後もみあい、前週末の米株高を

ワールド

G7、対中国での緊密な連携で合意=カナダ首相

MAGAZINE

特集:世界があきれる東京五輪

2021年6月15日号(6/ 8発売)

国民の不安の声や専門家の疑念は無視して
「安心・安全」を繰り返す日本を世界はこう見ている

人気ランキング

  • 1

    4000回の腕立て伏せを毎日、1年間続けた男...何を目指し、どうなったのか

  • 2

    ノーベル賞を受賞した科学者の私が、人生で後悔していること

  • 3

    将来の理数系能力を左右する「幼児期に習得させたい」5つのスキル

  • 4

    EVシフトの盲点とは? トヨタが「水素車」に固執す…

  • 5

    歴史に置き去られた世界の廃墟たち...不気味で美しき…

  • 6

    誤って1日に2度ワクチンを打たれた男性が危篤状態に

  • 7

    イギリスがデルタ株の感染再燃で正常化先送りなのに…

  • 8

    デーブ・スペクター「日本は不思議なことに、オウン…

  • 9

    「宿題なし・定期テストなし」でも生徒が勝手に勉強す…

  • 10

    ワクチン副反応、実は若い男性で心筋炎が多発 ファ…

  • 1

    4000回の腕立て伏せを毎日、1年間続けた男...何を目指し、どうなったのか

  • 2

    国際交流で日本にきた中国人200人に「裏切り者」のレッテル

  • 3

    デーブ・スペクター「日本は不思議なことに、オウンゴールで五輪に失敗した」

  • 4

    EVシフトの盲点とは? トヨタが「水素車」に固執す…

  • 5

    ビットコインを暴落させたマスクにアノニマスが「宣…

  • 6

    山口香JOC理事「今回の五輪は危険でアンフェア(不公…

  • 7

    武漢研究所は長年、危険なコロナウイルスの機能獲得…

  • 8

    将来の理数系能力を左右する「幼児期に習得させたい…

  • 9

    ノーベル賞を受賞した科学者の私が、人生で後悔して…

  • 10

    水深6000メートル超の超深海帯で死肉をたいらげる新…

  • 1

    4000回の腕立て伏せを毎日、1年間続けた男...何を目指し、どうなったのか

  • 2

    脳が騙される! 白黒の映像が、目の錯覚でフルカラーに見える不思議な体験

  • 3

    脱・脱日本依存? 韓国自治体が日本の半導体材料メーカー誘致に舵を切っている

  • 4

    国際交流で日本にきた中国人200人に「裏切り者」のレ…

  • 5

    デーブ・スペクター「日本は不思議なことに、オウン…

  • 6

    ホテルで24時間監視、食事はカップ麺の「おもてなし」…

  • 7

    東京オリンピックの前向きな中止を考えよ

  • 8

    閲覧ご注意:ネズミの波がオーストラリアの農地や町…

  • 9

    武漢研究所は長年、危険なコロナウイルスの機能獲得…

  • 10

    捕獲のプロが巨大ニシキヘビに遭遇した意外な現場...…

PICTURE POWER

レンズがとらえた地球のひと・すがた・みらい

投資特集 2021年に始める資産形成 英会話特集 Newsweek 日本版を読みながらグローバルトレンドを学ぶ
日本再発見 シーズン2
CCCメディアハウス求人情報
定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
Wonderful Story
メンバーシップ登録
CHALLENGING INNOVATOR
売り切れのないDigital版はこちら
World Voice

MOOK

ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中