コラム

ハックされた世界秩序とサイバー・ドラゴンの台頭

2017年11月01日(水)18時00分

チェンにも直接話を聞くと、中国には三つのサイバー作戦を行うグループがあるという。第一に、人民解放軍である。第二に、非軍事的な政府組織で、国家安全部、公安部、情報産業部(中国における「部」は日本の「省」にあたる)、国家インターネット情報弁公室(共産党のネットワーク安全・情報化領導小組弁公室と表裏一体の組織)などである。第三に、サイバー民兵で、市民や企業など多様な主体によって形成されている。

このうち、第一の人民解放軍からのサイバー攻撃は、2015年9月の米中首脳会談後、やはり減少したという。61398部隊も消滅した。しかし、全体のサイバーエスピオナージのレベルは減っていないともいう。人民解放軍の割合は減ったが、大きな文脈は変化しておらず、そもそも当初は人民解放軍のレベルが低かったから露見したに過ぎない。61398部隊の攻撃パターンを見ると、ランチタイムをとり、夕方6時には終了した。マンディアントの報告書や米中首脳会談で証拠を突きつけられ、サイバー攻撃が高度になったから、一見すると減ったように見えるだけなのだという。

トランプ政権の考え方

チェンの所属するヘリテージ財団は、トランプ政権に近いことで知られている。同財団から多くの人が政治任命で政権入りしている。しかし、チェンは、政治経験の少ないトランプ大統領がどのように問題に反応するのかを見極めるのは依然として難しいともいう。トランプ大統領は不動産や金融の世界で生きてきており、何か問題があったときに外交や軍による選択肢を考えるのではなく、経済、特に金融のアプローチを好む傾向がある。そして、交渉学においていわれる「BATNA(Best Alternative to Negotiated Agreement)」、つまり、最も望ましい代替案が何かを探そうとする。外交官にとって最善の策は条約を作ること、その次に会話を続けること、最後に会話を止めることという順になる。しかし、ビジネスの世界ではいきなり会話を止めることもある。

選挙前のトランプ候補はアジアから距離を置くことを考えていた。オバマ政権がアジアを重視したとは反対の動きを指向していた。ところが、当選後すぐに日本の安倍晋三首相と会談し、日本に対する考えを変えさせたのではないかとチェンは指摘する。そこで日米安全保障条約が重要だと理解し、日本への見方が変化した。韓国に対しては相変わらず批判的だが、日本に対する批判はなくなった。日本を重要なパートナーとして見ているといえるだろう。

サイバー・ドラゴンたちにハックされた世界秩序

米国のサイバーセキュリティ研究者たちの話を聞くと、以下のようにまとめられるだろう。第一に、ロシアの影響を懸念する声が強くなっている、しかし、第二に、中国も依然として懸念材料であり、油断はできない。その手法は洗練化されてきている。第三に、トランプ政権は日本をパートナーとして期待している。

「ハック」とは本来、うまくやる、巧妙に改造するといった意味もあり、必ずしも犯罪行為を意味する言葉ではない。しかし、世界秩序がサイバー・ドラゴンその他にハックされているというとき、肯定的な意味でとらえるのは難しいだろう。世界秩序は一時的にせよ、あるいは永続的にせよ、ハックされて変わってしまいつつある。おそらくインターネットやサイバー技術の影響を無力化する技術の登場はまだ先だろうから、この技術と共存する世界秩序を構想・実現していくことになる。

プロフィール

土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。国際大学グローバル・コミュニティセンター主任研究員などを経て2011年より現職。主な著書に『サイバーテロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書、2016年)などがある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ドイツ輸出、5月は予想以上の減少 米国向けが2カ月

ビジネス

中国自動車販売、6月は前年比+18.6% 一部EV

ワールド

ガザ停戦は可能、合意には時間かかる=イスラエル高官

ワールド

アングル:中国人民銀、関税懸念のなか通貨安定に注力
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」だった...異臭の正体にネット衝撃
  • 4
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 5
    「ヒラリーに似すぎ」なトランプ像...ディズニー・ワ…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    米テキサス州洪水「大規模災害宣言」...被害の陰に「…
  • 8
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 9
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 10
    中国は台湾侵攻でロシアと連携する。習の一声でプー…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 3
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸せ映像に「それどころじゃない光景」が映り込んでしまう
  • 4
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 5
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 6
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 7
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 8
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 9
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 10
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 5
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 6
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 7
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story