コラム

「漢文は必要ない」論に、アメリカ人として物申す

2022年04月28日(木)11時25分
トニー・ラズロ
教科書の『論語』

YUSUKE MORITA-NEWSWEEK JAPAN

<度々ネットで議論になる漢文不要論。僕自身は、漢文を義務教育で教えることに賛成だが、「返り点不要論」は主張したい。大人向けには、もうひとつ別の提案もある>

小学生の時、筆記体をずいぶん練習させられた。時代は時代で、例えば「y」が下まできれいに伸びてからくるりと丸を作らなければ、先生に定規で手をたたかれた。痛っ!

日本でも筆記体を一通り習った人は多いと思うが、ここで質問。大文字の「Q」はどうやって書くか。

筆記体の種類によって書き方は少し異なるが、数字の「2」にしか見えない「Q」もある。混乱の可能性があると感じるせいか、多くのアメリカ人は大人になると筆記体の知識を捨て、Qを単にブロック体で書くようになるようだ。

これでは、痛い思いをしながら、結局は使わない筆記体を習ったことになる。最初から学ばなくてもよかったのではないか。

日本にも「学ぶ必要があるのか」と度々話題になるものがある。漢文だ。つい最近もネットで議論になっていた。

『日本書紀』をはじめとする古代の文献は漢文で書かれている。自国の歴史や文章の成り立ちを知る上で必要とされ、代々学ばされてきたが、どれだけ実用的なのかというわけ。

気持ちは分かるが、なくすのはどうかな。

筆者は漢文のある一句で自分の人生がかなり変わった。『論語』の、それなりに有名な一句。現代文バージョンで一部を抜粋すると、「三十にして立つ、四十にして惑わず」。

40歳を目の前にしたとき、「惑わず」という言葉が力になった。「安心して、そのまま進め」という大事なメッセージが大事な時期に僕に伝わった。孔子に感謝。

でも、「返り点」が僕にはどうにもなじまない。孔子のこの助言は元は古典中国語であり、日本で漢文として習うときは以下のようになる。「三十而立 四十而不惑」

「不惑」にはレ点が付き、「不レ惑」=「惑わず」。そう友達に教えられ、漢文を訓読するための数種の記号が交じったほかの漢文も紹介された。そのうち古典中国語を日本語として読むことに疲れ、やる気を失ってしまった。

立原正秋の1969年の小説『冬の旅』に、以下のくだりがある。「不惑の年から十年もすぎていた」。この作家は論語を学んでいたからこそ50歳をこのように表現できた。読者もその知識があるからこそ理解できる。

僕の経験のように人生を豊かにする教養を得るためにも、そして日本文学の深みを保つためにも、やはり義務教育で漢文を教え続けたほうがよさそうだ。

プロフィール

外国人リレーコラム

・石野シャハラン(異文化コミュニケーションアドバイザー)
・西村カリン(ジャーナリスト)
・周 来友(ジャーナリスト・タレント)
・李 娜兀(国際交流コーディネーター・通訳)
・トニー・ラズロ(ジャーナリスト)
・ティムラズ・レジャバ(駐日ジョージア大使)

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

テスラ取締役会、マスクCEOの新たな報酬案を特別委

ワールド

米、「対テロ非協力国」にキューバ指定 前政権の決定

ワールド

USMCA見直し、前倒しなら貿易政策クリアに=メキ

ワールド

中国主催のイベントに台湾と外交関係持つ2カ国が参加
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:2029年 火星の旅
特集:2029年 火星の旅
2025年5月20日号(5/13発売)

トランプが「2029年の火星に到着」を宣言。アメリカが「赤い惑星」に自給自足型の都市を築く日

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    心臓専門医が「絶対に食べない」と断言する「10の食品」とは?...理想は「1825年の食事」
  • 2
    ゴルフ場の近隣住民に「パーキンソン病」多発...原因は農薬と地下水か?【最新研究】
  • 3
    母「iPhone買ったの!」→娘が見た「違和感の正体」にネット騒然
  • 4
    カヤック中の女性がワニに襲われ死亡...現場動画に映…
  • 5
    あなたの下駄箱にも? 「高額転売」されている「一見…
  • 6
    トランプ「薬価引き下げ」大統領令でも、なぜか製薬…
  • 7
    「がっかり」「私なら別れる」...マラソン大会で恋人…
  • 8
    「奇妙すぎる」「何のため?」ミステリーサークルに…
  • 9
    トランプは勝ったつもりでいるが...米ウ鉱物資源協定…
  • 10
    「出直し」韓国大統領選で、与党の候補者選びが大分…
  • 1
    心臓専門医が「絶対に食べない」と断言する「10の食品」とは?...理想は「1825年の食事」
  • 2
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つの指針」とは?
  • 3
    5月の満月が「フラワームーン」と呼ばれる理由とは?
  • 4
    ゴルフ場の近隣住民に「パーキンソン病」多発...原因…
  • 5
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの…
  • 6
    カヤック中の女性がワニに襲われ死亡...現場動画に映…
  • 7
    母「iPhone買ったの!」→娘が見た「違和感の正体」に…
  • 8
    シャーロット王女の「親指グッ」が話題に...弟ルイ王…
  • 9
    ロシア機「Su-30」が一瞬で塵に...海上ドローンで戦…
  • 10
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 1
    心臓専門医が「絶対に食べない」と断言する「10の食品」とは?...理想は「1825年の食事」
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの…
  • 5
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つ…
  • 6
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 7
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 8
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 9
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 10
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story