コラム

人工知能が経済格差と貧困を激化する

2016年10月26日(水)17時40分

防御策としてのベーシックインカム

 井上氏によれば「汎用型AI、全脳型アーキテクチャー」によって代替できない労働(というよりもAI的には生産とした方がいい)としては、人間の自発的な欲望や衝動に基づいた「生命の壁」にかかわる領域のみとなる。AIは芸術家や身近な仕事レベルで創発的に仕事を生み出す人たちにくらべると、開発者やコントロールする側から課題の設定をしてもらえないと自ら問いを生み出し解決することができない。もちろんこの「生命の壁」のあるなしについても議論があって、まだ議論は始まったばかりのようだ。

 ところでこの「生命の壁」によって守られた領域以外は、すべて人間の労働が人工知能におきかわると、さきほどの技術的失業が生じる。ここで井上氏の独創なのだが、この人工知能による技術的失業は、リカードゥらの考えに反して、実は需要不足が密接に連動しているという。先ほどリカードゥでは、時間をかければ職がみつかると書いた。しかし井上氏は、「労働移動するには移動先に仕事が存在していなければならず、そのためには十分に需要が拡大していなければならないからです」(前掲書、133-4頁)と指摘する。そして需要不足することがないように、人工知能による爆発的な生産増に対応して、需要を拡大するような金融緩和政策中心の政策が求められる。

 いわば人工知能のイノベーションに負けないだけの、お金のイノベーションも必要なのだ。お金のイノベーションが不足すれば、ものすごい雇用不足が発生したり、また人工知能時代のイノベーションも阻害される。なぜなら爆発的に生産性があがっても、それで生み出された財やサービスを購入するお金が生み出されていなければ、在庫などがかさむだけで膨大なムダが生じる。

 さらに人工知能に代替されやすい人たちとされにくい人たちとの間で、経済格差が生じる、ということを井上氏は特に懸念している。例えば、「無人に近い格安レストラン」と「人間が対応する高級レストラン」にわかれてしまい、サービス職業従事者の二極化が極端にまで進むだろう。そうなると人工知能に代替されて、そのまま労働市場から排除された人たちの生活の困難の度合いと、またその人数は膨大なものになり想像を絶する。

 その防御策として、彼はベーシックインカムを提起する。ベーシックインカムとは、一定の所得をすべての国民に与える政策である。これによって猛烈に生じるはずの摩擦的失業や、またイノベーションの速度にお金のイノベーションが追いつかないときの需要不足の失業の両方に対応できる。

 井上氏の議論にはいろいろ疑問もある。本当にシンギュラリティは来るのか、がまずその代表だろう。だが、経済格差の重要なパターンを、彼の議論は提起し、今後の討論の基礎となるだろう。

プロフィール

田中秀臣

上武大学ビジネス情報学部教授、経済学者。
1961年生まれ。早稲田大学大学院経済学研究科博士後期課程単位取得退学。専門は日本経済思想史、日本経済論。主な著書に『AKB48の経済学』(朝日新聞出版社)『デフレ不況 日本銀行の大罪』(同)など多数。近著に『ご当地アイドルの経済学』(イースト新書)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

午前の日経平均は小反発、クリスマスで薄商い 値幅1

ビジネス

米当局が欠陥調査、テスラ「モデル3」の緊急ドアロッ

ワールド

米東部4州の知事、洋上風力発電事業停止の撤回求める

ワールド

24年の羽田衝突事故、運輸安全委が異例の2回目経過
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 2
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足度100%の作品も、アジア作品が大躍進
  • 3
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...どこでも魚を養殖できる岡山理科大学の好適環境水
  • 4
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 5
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これま…
  • 6
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 7
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 8
    ゴキブリが大量発生、カニやロブスターが減少...観測…
  • 9
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 10
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 4
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 5
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 6
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 7
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 8
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story