最新記事

世界の最新医療2021

3Dプリンターで「移植可能な臓器」ができる日は近い:最新研究

PRINTING BODY PARTS

2021年4月1日(木)17時27分
ディヌーシャ・メンディス(英ボーンマス大学教授)、アナ・サントス・ラッチマン(米セントルイス大学法学助教)
3D印刷された組織片

患者の細胞を使えば拒絶反応のリスクも低下する(3D印刷された組織片) PAIGE DERR AND KRISTY DERRーNICATS

<形も機能も本物と同じ臓器を作るコピー技術が、再生医療を大きく前進させる>

ここ数年、医療の世界では3Dプリンティングの利用が爆発的に拡大している。今や義肢から手術器具まで、多種多様な器具が日常的に3Dプリンターで作製されている。

とりわけ今、急ピッチで研究開発が進んでいるのは、3Dプリンティングの技術を応用して、細胞の塊や皮膚片などのバイオマテリアルを作製する3Dバイオプリンティングだ。これは基本的に、バイオインク(生きた細胞を使ったゲル)を立体的に積層して組織を作製する技術だ。その究極の目標は、形も機能も本物そっくりの臓器を作って、生体に移植できるようにすることだ。

既に、患者の臓器そっくりの構造物を作製して、医師たちが治療や手術の検討に使う試みは始まっている。ただ、実際に人体に移植するまでには至っていない。いくら本物そっくりでも、生命を維持する血液やリンパ液の流れる血管系につなぐことは、まだ極めて困難なのだ。

一部の軟骨などの非血管組織の作製は成功しているし、特殊なゲルやナノ繊維が含まれるバイオインクで、骨組織を支える足場材料の作製も報告されている。動物の心臓組織や血管、皮膚などを使った研究でも、多くの有望な結果が得られており、技術的には「移植可能な臓器の作製」という究極の目標の達成は近づいているように見える。

現時点ではまだ技術的な限界もあるが、3Dバイオプリンティングは今後も着実に進歩を遂げ、多くの患者の生活の質を改善しそうだ。

2019年だけでも、世界中から多くの画期的な研究成果が報告された。アメリカでは、ライス大学とワシントン大学の共同研究チームが、ハイドロゲルを使って複雑な血管網を持つ人工肺の3Dバイオプリンティングに成功した。

イスラエルのテルアビブ大学は、人間の細胞を使ったバイオインクで「細胞、血管、心室」を含む心臓を作製した。一方、英スウォンジー大学は2016年に、バイオマテリアルを使った骨組織のプリント工程を開発した。

目覚ましい勢いで研究開発が進む一方で、法規制はそれに追い付いていない。そもそも、3Dバイオプリンティングをどのようなカテゴリーに位置付けるべきかという点から、一筋縄ではいかない。例えば、3Dバイオプリントされた心臓は、臓器と見なすべきなのか、それともプロダクト、あるいは医療機器と見なして規制するべきなのか。

また、バイオプリンティングは、新しい規制の枠組みが必要な領域なのか、それとも既存の枠組みで規制できるのか。既存の枠組みを使う場合は、どれを適用すればいいか。バイオマテリアルが含まれるからバイオ医薬品の枠組みを適用するべきなのか。

そうなると癌治療薬やリウマチ性関節炎の治療薬など、さらに複雑な分類が必要になる。あるいは新生児向け副木のように、患者それぞれに合った形にカスタマイズできる性質を重視して、医療機器の規制をアレンジして適用するべきなのか。

3Dプリンティング全般、とりわけバイオプリンティングが今後急速に進歩を遂げることは間違いない。政策当局は、その進歩を安全かつ有効に規制していけるよう、これまで以上にこの分野に注目するべきだ。

The Conversation

Dinusha Mendis, Professor of Intellectual Property and Innovation Law and Co-Director of the Jean Monet Centre of Excellence for European Intellectual Property and Information Rights, Bournemouth University and Ana Santos Rutschman, Assistant Professor of Law, Saint Louis University

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

202103medicalissue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

SPECIAL ISSUE「世界の最新医療2021」が好評発売中。低侵襲がん治療/再生医療/人工関節置換/アルツハイマー/心臓/生殖医療/AI/遺伝子検査/感染症ワクチン/遠隔医療/健康診断......。医療の現場はここまで進化した。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:欧州への不法移民20%減少、対策強化でも

ワールド

米ロ首脳、ウクライナ停戦合意至らす トランプ氏「非

ワールド

トランプ氏「今すぐ検討必要ない」、中国への2次関税

ワールド

プーチン氏との会談は「10点満点」、トランプ大統領
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
2025年8月12日/2025年8月19日号(8/ 5発売)

現代日本に息づく戦争と復興と繁栄の時代を、ニューズウィークはこう伝えた

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コロラド州で報告相次ぐ...衝撃的な写真の正体
  • 4
    債務者救済かモラルハザードか 韓国50兆ウォン債務…
  • 5
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 6
    「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」(東京会場) …
  • 7
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 8
    「触ったらどうなるか...」列車をストップさせ、乗客…
  • 9
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 10
    【クイズ】次のうち、「軍事力ランキング」で世界ト…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた「復讐の技術」とは
  • 4
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 5
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 6
    これぞ「天才の発想」...スーツケース片手に長い階段…
  • 7
    「触ったらどうなるか...」列車をストップさせ、乗客…
  • 8
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 9
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 10
    産油国イラクで、農家が太陽光発電パネルを続々導入…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失…
  • 6
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 7
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
  • 10
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中