最新記事

ルポ新型コロナ 医療非崩壊

カギは「災害医療」 今、日本がコロナ医療体制を変える最後のチャンス

THE GOOD “MAKESHIFTS”

2021年3月17日(水)17時50分
石戸 諭(ノンフィクションライター)

「今は有事の医療体制が必要な時期。政治に期待しているのは、医療資源配分の権限を専門家に与え、バックアップすること。そして激務が続く看護師や介護職員個人への報酬を強化することです。そのためのハードルが法律にあるのならば、法改正も大いにやればいい」と、山本は言う。

重症患者を受け入れる最前線からの声だ。

■結論:信頼が崩壊する前に

「日本は運がいい。このまま感染者が減れば、第1波と同じで、医療体制を何も変えなくていいと思うのでは。社会への脅しみたいな訴えでは限界があるのに......」

今回の取材では、取り上げた以外にも医療関係者の協力を得て、話を聞いてきた。ある医師が吐き出すように言った、こんな一言が現場を象徴している。思い返せば、この1年間、議論の主役は常に「感染者数」にあった。感染者数が増えれば「医療が崩壊する」と社会に訴え、負担や行動変容を「お願い」して、減少させることができた。

しかし、二度あることが三度あるとは限らない。感染者数の抑制と、平常時ではない医療体制整備は対立するものではなく、両立する課題だ。

magSR210316_medical16.jpg

感染抑制と適切な医療体制の両立が課題(写真は「風の村いなげ」のひな人形) HAJIME KIMURA FOR NEWSWEEK JAPAN

医療従事者への差別と偏見をもたらすのは、新型コロナへの不安である。医療業界も例外ではなく、不安は根強く残っている。取材中に多く聞いたのは「コロナ患者を受け入れられるだけの力はあるのに、受け入れたくないという病院、医師の気持ちも分かる」という声だった。

医師や看護師が少ない病院や町の開業医は1人でもスタッフに感染者が出たら、診療に影響が出て、即座に経営が逼迫する。

だからこそ、旭中央は現場を丹念に回り地域の病院の不安に耳を傾け、一緒に考えて支える姿勢を打ち出し、そして病院間の連携を強化し、医療体制を構築した。この事例からも分かるように、大事なのは「バックアップの約束」だ。経営的に損をしない報酬と共に、いざという時の不安が解消されれば、「うちも......」と手を挙げる医療機関は増えるのではないか。

現状の議論の問題は医療崩壊の犯人探しに躍起になり、「コロナを受け入れる医療機関」と「受け入れない医療機関」の間に分断を生じさせることにある。より強化が必要なのは、体制構築が進むようなインセンティブを打ち出すことだろう。地域に重症患者を診る病院、軽症と中等症、そして回復期の患者を受け入れる病院、自宅療養患者を観察する医師、これと同時に「コロナ患者を受け入れない」と決めた医療機関があってもいい。

院内感染防止対策などの知見を繰り返し共有しながら、同時に「何を診るか」を決めればいいのだ。別の重大疾患やけがの患者を積極的に受け入れることも立派な「後方支援」であり、医療体制の維持には大いに寄与している。各地で実践が進みつつある病院ごとの役割分担は、新型コロナの特徴に適合した新しい医療体制であり、成功例も出てきている。

危機は感染者数だけにあるのではない。日本は幸運だった。第3波の収束が視野に入り、ここで次の医療体制を議論できる時間を確保できたのだから。このチャンスを逃したとしたら......。帰結は1つしかない。この先に待っているのは政府だけでなく、専門家や医療従事者への信頼崩壊である。

ニューズウィーク日本版 英語で学ぶ国際ニュース超入門
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年5月6日/13日号(4月30日発売)は「英語で学ぶ 国際ニュース超入門」特集。トランプ2.0/関税大戦争/ウクライナ和平/中国・台湾有事/北朝鮮/韓国新大統領……etc.

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中ロ首脳、ガス送管「シベリアの力2」協議へ=ロシア

ビジネス

スイス中銀、物価目標割れ防止へ為替介入やマイナス金

ビジネス

AMD、年間売上高15億ドル下押し予想 米の対中輸

ビジネス

中国株急伸、米との貿易協議巡る楽観的見方や人民銀の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つの指針」とは?
  • 2
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 3
    部下に助言した時、返事が「分かりました」なら失敗と思え...できる管理職は何と言われる?
  • 4
    分かり合えなかったあの兄を、一刻も早く持ち運べる…
  • 5
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 6
    シャーロット王女とスペイン・レオノール王女は「どち…
  • 7
    「欧州のリーダー」として再浮上? イギリスが存在感…
  • 8
    首都は3日で陥落できるはずが...「プーチンの大誤算…
  • 9
    ザポリージャ州の「ロシア軍司令部」にHIMARS攻撃...…
  • 10
    メーガン妃の「現代的子育て」が注目される理由...「…
  • 1
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 2
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得る? JAXA宇宙研・藤本正樹所長にとことん聞いてみた
  • 3
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1位はアメリカ、2位は意外にも
  • 4
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つ…
  • 5
    部下に助言した時、返事が「分かりました」なら失敗…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    古代の遺跡で「動物と一緒に埋葬」された人骨を発見.…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 10
    シャーロット王女とスペイン・レオノール王女は「どち…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 10
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中