最新記事

感染症対策

ロシア開発のコロナワクチン「スプートニクV」、ウイルスの有害な変異促す危険性

2020年8月26日(水)11時38分

ロシアは、国立研究所が開発した新型コロナウイルス感染症のワクチン「スプートニクV」について、最終段階の臨床試験が終了して効果が証明されるのを待たず、接種を開始する計画だ。写真は7日、モスクワ近郊のガマレヤ研究所で生産される新型コロナウイルスのワクチン。提供写真(2020年 ロイター/The Russian Direct Investment Fund (RDIF)/Andrey Rudakov)

ロシアは、国立研究所が開発した新型コロナウイルス感染症のワクチン「スプートニクV」について、最終段階の臨床試験が終了して効果が証明されるのを待たず、接種を開始する計画だ。だが、世界の専門家は、部分的な効果しか持たないワクチンの接種が、ウイルスの有害な変異を促す恐れがあると警告する。

新型コロナウイルスを含め、ウイルスはあらゆる機会に変異し得る能力があることが知られている。多くの場合は、人体にもたらす危険はゼロか極めて小さい。

それでも一部の科学者は、効果が不完全なワクチンを投与することでウイルスに「進化圧(選択圧)」と呼ばれる圧力が加わり、悪い方向に変異しかねないと懸念する。

英リーディング大学のイアン・ジョーンズ教授(生物学)は「予防効果が完全ではないと、ウイルスがそこにある抗体を回避するようになり、やがて全てのワクチン反応を避けるような選択圧が生じてもおかしくない。ある意味で、出来の悪いワクチンは、ワクチンなしよりも始末におえない」と話す。

スプートニクVの開発者や資金提供者、ロシア政府当局者は、このワクチンは安全であり、2カ月間の小規模な臨床試験で効果が示されたと主張する。

ロシア政府は20日、4万人を対象とするスプートニクVの大規模治験開始の計画を発表したが、その治験の結果判明前に、医療従事者など高リスクグループへの接種に着手することも明らかにした。

とはいえ、ロシアのそうした試験結果は、これまで公表されてきていない。西側の多くの科学者は結果に懐疑的で、国際的に認証された試験と規制のハードルを全てクリアしない中での使用には、反対する姿勢だ。

米バンダービルト大学医学部教授で小児医療とワクチンが専門のキャスリン・エドワーズ氏は「ワクチンの効果を確認したいところだ。われわれは(スプートニクVについて)本当に何も知らされていない」と語り、一般論として、ワクチンがウイルスとどう戦い、阻止するのか、あるいは何らかの適応を強いるのかを巡るリスクは、常に懸念材料として存在すると語った。

米ハーバード大学のベス・イスラエル・ディーコネス医療センターに勤務する専門家ダン・バルーチ氏は、新型コロナウイルスの変異率はHIVなどに比べるとずっと低いとしながらも、うまく働かないワクチンの使用は、多くの潜在的なマイナス要素をはらむと強調した。

科学者らによると、細菌でも似たような進化圧が起こる。細菌を標的とする抗生剤に出会うと、抗生剤の攻撃を免れる能力を得て耐性を確保するのだ。世界保健機関(WHO)は、耐性菌や耐性ウイルス、さらにどんな抗生剤も効かない細菌(スーパーバグ)の増加の問題を、世界の保健衛生や食料安全保障などでの最大の脅威の1つに挙げている。

ジョーンズ氏によると、ワクチンに起因するウイルスの変異はめったに起きるものではない。ウイルスが細胞に侵入して複製する能力を阻止するワクチンの効果が大きいほど、ウイルスが循環しながら免疫反応をすり抜ける方法を「学ぶ」機会は低下するという。

「(ワクチンが)完璧に阻止機能を果たせば、ウイルスは侵入できないし、侵入できない以上、何も学べない」。しかし、侵入して複製ができる場合は「力不足のワクチンが何であれ、これが生み出す抗体を回避する選択圧が存在してしまうことになる。その結果がどうなるかは、誰も知らない」という。

(Kate Kelland記者)

[ロイター]


トムソンロイター・ジャパン

Copyright (C) 2020トムソンロイター・ジャパン(株)記事の無断転用を禁じます


【関連記事】
・コロナ感染大国アメリカでマスクなしの密着パーティー、警察も手出しできず
・巨大クルーズ船の密室で横行するレイプ
・韓国、新型コロナ第2波突入 大規模クラスターの元凶「サラン第一教会」とは何者か
・韓国、ユーチューブが大炎上 芸能人の「ステマ」、「悪魔編集」がはびこる


20200901issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年9月1日号(8月25日発売)は「コロナと脱グローバル化 11の予測」特集。人と物の往来が止まり、このまま世界は閉じるのか――。11人の識者が占うグローバリズムの未来。デービッド・アトキンソン/細谷雄一/ウィリアム・ジェーンウェイ/河野真太郎...他

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米首都で34年ぶり軍事パレード、トランプ氏誕生日 

ワールド

再送-米ロ首脳、イスラエル・イラン情勢で電話会談 

ワールド

イスラエル、イランガス田にも攻撃 応酬続く 米・イ

ワールド

アングル:「暑さは人を殺す」、エネルギー補助削減で
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 2
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生きる力」が生んだ「現代医学の奇跡」とは?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 5
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 6
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 7
    逃げて!背後に写り込む「捕食者の目」...可愛いウサ…
  • 8
    「結婚は人生の終着点」...欧米にも広がる非婚化の波…
  • 9
    メーガン妃の「下品なダンス」炎上で「王室イメージ…
  • 10
    4年間SNSをやめて気づいた「心を失う人」と「回復で…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 5
    ふわふわの「白カビ」に覆われたイチゴを食べても、…
  • 6
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 7
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 8
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 9
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 10
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中