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相模原障害者殺傷事件、心底恐ろしい植松聖死刑囚の姿勢

2020年8月14日(金)11時40分
印南敦史(作家、書評家)

性格は明るく社交的。学生時代も、クラスのリーダー的存在だったという。なにかともっともらしい理屈を並べてみせるのも、頭の回転は悪くないからなのかもしれない。

だが、物事の理解の仕方が極端に偏りすぎているので、ひとつひとつの主張が大きく空回りしているのだ。

2018年3月から9月にかけて行われた2度目の精神鑑定では、「パーソナリティ障害の状態にあった」などと診断された。パーソナリティ障害についてどうこう主張するだけの知識は私にないが、少なくとも責任能力がないようには思えない。

また、本書を読み進めながら、心底恐ろしいと感じたことがある。

責任能力がないような状態であったから怖いのではなく、自身の極端な考え方を信じ込みすぎてしまっているからこそ怖いのだ。事実、被告は大量殺人に臨んだが、反省の念をまったく抱いていない。

それは独善的な思想以外のなにものでもない。だが周囲がどれだけ理解させようとしても、それを受け入れようとしない。意地を張ってそれを拒むのではなく、はなから受け入れる必要のないことだと信じているふしがある。

しかも、ひとつひとつの発想が驚くほどに薄っぺらい。なのに、非常に大きな自信を持っている。だから、結局は堂々巡りで終わってしまっている。そういうことなのではないだろうか?

2020年1月24日に行われた第8回公判を傍聴した社会学者の最首悟氏も、次のように語っている。自身も重度障害者の娘を持ち、被告と面会したこともある人物である。


――この日の被告を見て何を感じましたか
 本当の動機を弁護側が被告から引き出せていたのか疑問だ。被告は「お金が欲しい」「大麻はいい」と繰り返したが、その言葉に深みはなく、犯罪とは結びつかない印象を覚えた。
 現代社会には、生産性のない存在を始末するという思想が蔓延している。「重度障害者は不要」という考えはこの社会に生きる者として到達したものとも言え、被告は全世界の若者に支持されると思っている。形式的な殺人罪を犯したことは認めるが、実質的な罪は犯していないと言いたいのだろう。(188ページより)

つけ加えるなら、被告は「生産性」の意味を履き違えていると私は感じる。生きているということは、それ自体に生産性がある。ましてやそれは、他者の主観によってジャッジされるべきものではない。

本書には、事件で失った人への思いを明らかにする遺族の生の声も数多く収録されているが、それらを目にするとなおさらそう感じずにはいられない。

だが結局、彼は最後までそんなことを理解できないで人生を終えるのだろう。

死刑判決を受けたことについての気持ちを問われ、「前から出るだろうと思っていたので、だからどうということでもない」と答えているが、そんな中途半端な状態のまま、刑を受けることになるのだ。

そう考えると、やはり腑に落ちない部分が残る。


相模原障害者殺傷事件
 朝日新聞取材班 著
 朝日文庫

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[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に「ライフハッカー[日本版]」「東洋経済オンライン」「WEBRONZA」「サライ.jp」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、「ダ・ヴィンチ」などにも寄稿。ベストセラーとなった『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)をはじめ、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)など著作多数。新刊は、『書評の仕事』(ワニブックス)。2020年6月、日本一ネットにより「書評執筆本数日本一」に認定された。

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