最新記事

中国

中国経済は悪化していたのに「皇帝」が剛腕を発揮できた3つの理由

2020年7月22日(水)17時55分
近藤大介(ジャーナリスト) ※アステイオン92より転載

中国経済が悪化しているにもかかわらず、習主席はどうしてこのような剛腕ぶりを発揮できたのか。その理由は、主に三つあった。

第一に、中国共産党内の権力闘争で、圧倒的な勝利を収めていたため、「反習近平派」が消滅してしまったことだ。「中南海」は、ほぼ「親習近平派」で固められ、残りはとても抵抗勢力とは言えない「非習近平派」だった。

第二に、鄧小平が一九七八年に改革開放政策に舵を切って以来の経済発展の「貯金」があったことだ。中国は「世界の工場」として成長し、「世界の市場」として安定し、いまや「世界の企業」として発展を見せていた。「一帯一路」(ワンベルト・ワンロード)という習近平政権の広域経済圏構想は、中国企業を世界に進出させるためのツールだった。

第三に、これは非常に興味深い現象だが、世界がAI(人工知能)時代を迎える中で、AIと社会主義との親和性が、頗るよかったのである。そのため、「中国はアメリカを超えるAI大国になる」という予測が、中国内外で上がり始めた。再び時代遅れの危機に陥っていた社会主義という政治スタイルは、皮肉にも最先端のAIという滋養を得て、にわかに復活を遂げたのである。

AIの発展に欠かせないのが、ビッグデータを駆使したディープ・ラーニングである。この点、個人のプライバシーをあまり気にせずに一四億人の個人情報を取り放題の中国は、日米欧の民主国家よりもAIが発展する素地があった。

まさに、イギリスの作家ジョージ・オーウェルが一九四九年に著した『一九八四年』の世界が、習近平時代の中国で現実のものになろうとしていた。ビッグブラザーとその偉大性を宣伝煽動する真理省が、「自由は隷従なり、無知は力なり......」と唱えて、オセアニアという国を支配していく世界だ。

二〇一八年春に北京で会った若手科学者たちは、私にこう解説した。

「外国の人は、中国が個人のプライバシーを尊重しないと批判しますが、五年後(二〇二三年)にIoT(物のインターネット)が普及し、ひと家庭あたり一〇〇個も二〇〇個もインターネットに接続される時代になると、世界中でプライバシーなんかなくなりますよ。だって、寝室のベッドの温度変化だって記録に取られるんですよ。おそらく今後一〇数年のうちに、『プライバシー』という言葉自体が死語と化すでしょう」

便利を取るか、プライバシーを取るか――AI時代を迎えて世界中で議論が巻き起こる中、中国は一も二もなく便利を選択した。それによって、アメリカを超える世界一のAI強国を目指しているのである。「学習強国」というAIによる監視機能付きのスマホのアプリが導入され、世界最大規模の政党である九〇〇〇万中国共産党の党員たちは、日々の学習を強いられるようになった。「学習」には「習(近平の教え)を学ぶ」という意味を掛けていて、習近平思想をスマホで学習するのである。

※転載後編:コロナ騒動は「中国の特色ある社会主義」の弱点を次々にさらけ出したに続く。

近藤大介(Daisuke Kondo)
1965年生まれ。東京大学教育学部卒業、国際情報学修士。講談社(北京)文化有限公司副社長を経て、『週刊現代』特別編集委員、現代ビジネス連載コラムニスト。専門は中国、朝鮮半島を中心とする東アジア取材。2008年より明治大学講師(東アジア論)も兼任している。新著に『アジア燃ゆ』(MdN新書)、『中国人は日本の何に魅かれているのか』(秀和システム)、『ファーウェイと米中5G戦争』(講談社+α新書)がある。

【関連記事】すばらしい「まだら状」の新世界──冷戦後からコロナ後へ

当記事は「アステイオン92」からの転載記事です。
asteionlogo200.jpg



アステイオン92
 特集「世界を覆う『まだら状の秩序』」
 公益財団法人サントリー文化財団
 アステイオン編集委員会 編
 CCCメディアハウス

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ウクライナ、東部要衝都市を9割掌握と発表 ロシアは

ビジネス

ウォラーFRB理事「中銀独立性を絶対に守る」、大統

ワールド

米財務省、「サハリン2」の原油販売許可延長 来年6

ワールド

中国、「ベネズエラへの一方的圧力に反対」 外相が電
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    【銘柄】「日の丸造船」復権へ...国策で関連銘柄が軒…
  • 8
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 9
    9歳の娘が「一晩で別人に」...母娘が送った「地獄の…
  • 10
    【人手不足の真相】データが示す「女性・高齢者の労…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 10
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中