最新記事

アメリカ危機

米政権のデモ弾圧を見た西欧諸国は、今度こそアメリカに対する幻想を捨てた

U.S. Allies Look on in Dismay While U.S. Rivals Rejoice

2020年6月5日(金)17時40分
キース・ジョンソン

ドイツのメルケル首相は、新型コロナウイルスを理由にワシントンでのG7出席を辞退した(写真は2019年12月のNATO首脳会議) Peter Nicholls-REUTERS

<報道の自由や平和的に抗議する権利を尊重せよと長年、他国に説いてきたアメリカはどこに行ったのか。長年抱いてきた不信が、抗議デモを暴力で蹴散らし、ホワイトハウスを高い塀で囲ったこの一週間で確かな幻滅に変わった>

ドイツのアンゲラ・メルケル首相は先日、ドナルド・トランプ米大統領が6月末の開催を目指していたG7(主要7カ国)首脳会議への出席を辞退。イギリスのボリス・ジョンソン首相は、ロシアをG7に復帰させるというトランプの提案を拒絶した。これらのケースはいずれも、欧州の同盟国や友好国がいかにアメリカに幻滅しているかを浮き彫りにしている。幻滅は今に始まったことではないが、最近のトランプ政権の新型コロナウイルス危機や全米で続く抗議デモに対する対応がダメ押しになった。

デモ対応でいえば、先週末にホワイトハウス周辺の平和的なデモ隊が「強制排除」されたことに、メルケルをはじめヨーロッパの複数の当局者から非難の声が上がった。アメリカが掲げてきた民主主義の価値観から離れ、権威主義に向かいつつあることに、同盟諸国はうんざりしている。カナダのジャスティン・トルドー首相の意気消沈ぶりは、ホワイトハウス前の平和的なデモ隊に催涙ガスが使われた事件について問われた記者会見でも明らかだった。長いこと言いよどんだ挙句、信じられないものを見た、という表情で彼は言った。「(あの事件には)恐怖と狼狽しかなかった」

アメリカに敵対的な国は逆に、この事態に大喜びだ。ドイツ国際安全保障問題研究所のサラ・ローマン(米国内・外交政策の専門家)は、「中国共産党やロシア政府などは、この状況を大いに楽しんでいる」と指摘する。

いつも人権問題でアメリカから批判されてきた中国は、アメリカ国内の人種問題や人権抑圧を嬉々として取り上げ、反撃している。イラン外務省の報道官は「国家による弾圧」に立ち上がったアメリカ国民に同情の意を表した。

もはや耳を傾ける者はいない

警察による暴力、デモ隊への催涙ガス使用、外国人ジャーナリストを含む市民への暴力、首都ワシントンの市街地やホワイトハウス周辺で厳戒態勢を敷く兵士や機動隊、ホワイトハウスの周囲に建てられた高い塀――この1週間、世界各地で報じられたこれらの光景は、アメリカの道徳心に対する信頼を大きく損なうものだ。アメリカの外交官たちは何十年にもわたって他国に対し、報道の自由や平和的に抗議する権利を尊重せよと、もっともらしく説いてきた。だがアメリカ自身が、自ら構築してきた国際秩序を放棄しようとしている今、そうしたメッセージに耳を傾ける者はほとんどいなくなっている。

「過去1週間に起こったことが、アメリカと、アメリカが掲げてきた輝かしい理念に対する信頼の低下をさらに悪化させることになったかもしれない」とローマンは分析する。近年のアメリカが常軌を逸しているように見えるのはトランプのせいだ、と主張する多くのアメリカ人の中にも、トランプを支えるアメリカという土台そのものがおかしいことに気付かされた人がいるに違いない。「過去10年間のかなりの部分において、私たちはアメリカを美化し過ぎていたのではないか。いまヨーロッパでは、その実態を把握しようという動きが進んでいる」と彼は言う。

もちろん、ヨーロッパの反応には矛盾もある。欧州委員会のマルガリティス・シナス副委員長は、ヨーロッパでは警察がデモ隊に手荒な真似をするようなことは起こり得ないと主張したが、実際には起こっている。直近の2019年を見ても、スペインではカタルーニャ自治州の独立を訴えるデモ隊と治安部隊が激しく衝突したし、フランスでは機動隊が「黄色いベスト運動」の参加者たちに暴力を振るった。

<参考記事>トランプが国民に銃を向ければアメリカは終わる
<参考記事>【世論調査】アメリカ人の過半数が米軍による暴動鎮圧を支持

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

エアバス機、1日にほぼ通常運航へ 不具合ソフトの更

ビジネス

香港高層住宅火災、中国当局が保険金支払いなどの迅速

ビジネス

中国百度、複数部門でレイオフ開始との情報 AI事業

ビジネス

利上げの是非、12月の決定会合で「適切に判断」=植
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業界を様変わりさせたのは生成AIブームの大波
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    メーガン妃の写真が「ダイアナ妃のコスプレ」だと批判殺到...「悪意あるパクリ」か「言いがかり」か
  • 4
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 5
    「世界で最も平等な国」ノルウェーを支える「富裕税…
  • 6
    コンセントが足りない!...パナソニックが「四隅配置…
  • 7
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 8
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 9
    中国の「かんしゃく外交」に日本は屈するな──冷静に…
  • 10
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 4
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 5
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 6
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 7
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 8
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 9
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 10
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中