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検証:日本モデル

【特別寄稿】「8割おじさん」の数理モデルとその根拠──西浦博・北大教授

THE NUMBERS BEHIND CORONAVIRUS MODELING

2020年6月11日(木)17時00分
西浦博(北海道大学大学院医学研究院教授)

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自粛は行き過ぎだったという批判も一部で出ている(5月28日、新宿) PHOTOGRAPH BY HAJIME KIMURA FOR NEWSWEEK JAPAN

これらは日本にとって、一見するとよいニュースのように思えるかもしれない。だが、日本で現時点までに献血者中の抗体保持者の検討結果から類推されるように特異的免疫(COVID-19の感染を免れる免疫)を持つヒトが1%未満(あるいは大きくても数%程度)だとすると、人口全体として大規模流行のリスクに脆弱なことに変わりはない。

つまり、今後も大きな流行は起こり得るし、ワクチンを待たないといけない状態は続く。人口の40%強が感染する、という状況への到達は長くて厳しい道のりだ。また、何も対策を取らずに自然感染による集団免疫を期待する、ということは、途中で特異的な治療薬ができたり、無症状や重症になりやすい人の特徴が分かってきたとしても、それでも一定数の人々が重症化したり亡くなったりすることを是認していくという真剣な議論を要する。

「第2波」に向けての課題

最後に、「42万人死亡の推定」という発表に立ち返り、モデリング結果を伝達する上で欠かせない別のコミュニケーションの課題について考えたい。死亡の被害想定のような、社会に大きな影響力を持つ数字は、やはり諸外国のように政府機関の代表者(首相や厚労相、少なくとも科学顧問の役割を担う方)に発表していただく必要がある。

私は組織の中ではリスク評価をする立場でしかなく、大きな方向性の決定を伴う発表は、リスク管理の司令塔の役割を担う方の責任で行われるべきものだ。被害想定が必要な時期に、タイミングを図って励ましとともに言っていただくことが必要だ(これまでの日本の政治・社会の文化では難しいことだろうが、これからは変わっていく必要がある)。

日本政府に科学顧問がいて、そこにプロのコミュニケーターが参集していれば、こういう点について齟齬のない伝達ができたかもしれない。だが他国で感染爆発が起き一部制御不能になった状況を見る限り、あの時点では、仮定であれ「何もしなければ」という厳しい流行シナリオを提示することはどうしても必要だったと考える。一方で、誤解がないように励ましを含めて皆さんに周知する、という工夫はもっとできたはずだとも感じており、今からでも取り組む価値のある課題だとも思う。

他国の事例を見る限り、クラスターは再び生じるものと考えられる。第2波に向け、1つ1つの技術的側面に関して、皆さんと共に賢くなっていきたいと思う。

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PHOTOGRAPH BY HAJIME KIMURA FOR NEWSWEEK JAPAN

<2020年6月9日号「検証:日本モデル」特集より>

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