最新記事

エネルギー

産油国が地獄を見る2020年に、独り勝ちするサウジアラビア

The Oil Crash’s Unlikely Winner

2020年5月19日(火)20時00分
ジェイソン・ボードフ(コロンビア大学グローバルエネルギー政策研究所所長)

人々のライフスタイルが変わって需要が減る可能性は否定できないが、データを見る限り、それが定着するとは思えない。現に中国では、もう乗用車の利用とトラック輸送が昨年の水準に戻っている。混み合う公共交通機関を避けて自家用車による移動を選ぶ人が増えれば、石油需要には一段と弾みがつく。

地球温暖化への懸念で石油需要が抑制される気配もない。世界的な感染拡大が各国の経済に及ぼした苦難は、むしろ環境政策の足かせとなりかねない。今や世界の国々は孤立主義に傾き、温暖化対策に不可欠な国際協力の機運はしぼんでいる。

一方で原油供給の回復には時間がかかる。生産を再開できない油井もあるし、新規投資のキャンセルもある。アメリカのシェールガス・石油掘削にもブレーキがかかる。今は供給過剰で、原油の貯蔵施設が限界に近づいている。陸上の施設は5月中に満杯になるだろう。いまだかつてないほど多くの油井で、生産停止を余儀なくされそうだ。

だが生産を止めると、油井そのものにダメージが出る。一部の施設は生産再開が不可能になるかもしれない。そうでなくても復旧には多くの時間と費用がかかる。コンサルティング会社エナジー・アスペクツによれば、日量400万バレルほどの供給が半永久的に失われかねない。

シェブロンやエクソンモービルなどの石油大手も、価格の暴落を受けて投資の削減に踏み切っている。たとえ需要が一定でも、施設の老朽化に伴う自然減を補うには日量600万バレル程度の新規供給が必要だが、そこに資金が回らない。投資家の「脱石油」心理も逆風となる。

アメリカの場合、シェールガス・石油の生産レベルが以前の水準に戻るには何年もかかる。需要の落ち込みがどこまで続くかによるが、アメリカの産出量はピーク時の日量約1300万バレルから3割ほど減ると予測される。

もちろん、原油の市況が回復すればアメリカの生産量も増える。小規模な掘削業者が淘汰され、大規模で最新の技術を駆使する生産性の高い企業への統合が進めば、シェールガス・石油の生産も採算の取れる事業になるはずだ。

ただし近年におけるシェールガス・石油の急成長は、投資家の不合理な熱気に支えられていた。そのため効率が悪くて採算性の低い小規模な掘削業者も低利で資金を調達でき、どうにか生き延びてきた。シティグループのエドワード・モースの分析によると、アメリカのシェールガス・石油掘削業者の4分の1は、今回のパンデミックで価格が暴落する以前から採算割れしていたとみられる。そうであれば、投資家の熱が冷めた今、操業再開は難しい。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米エヌビディア、サウジ政府系ファンドのAI新興企業

ワールド

WHO、飢餓による子ども発育影響懸念 ガザ、物資搬

ビジネス

米4月CPI2.3%上昇、約4年ぶりの低い伸び 利

ワールド

中国、14日から米製品への関税10%に引き下げ 9
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:2029年 火星の旅
特集:2029年 火星の旅
2025年5月20日号(5/13発売)

トランプが「2029年の火星に到着」を宣言。アメリカが「赤い惑星」に自給自足型の都市を築く日

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    心臓専門医が「絶対に食べない」と断言する「10の食品」とは?...理想は「1825年の食事」
  • 2
    ゴルフ場の近隣住民に「パーキンソン病」多発...原因は農薬と地下水か?【最新研究】
  • 3
    母「iPhone買ったの!」→娘が見た「違和感の正体」にネット騒然
  • 4
    カヤック中の女性がワニに襲われ死亡...現場動画に映…
  • 5
    あなたの下駄箱にも? 「高額転売」されている「一見…
  • 6
    「がっかり」「私なら別れる」...マラソン大会で恋人…
  • 7
    トランプ「薬価引き下げ」大統領令でも、なぜか製薬…
  • 8
    トランプは勝ったつもりでいるが...米ウ鉱物資源協定…
  • 9
    「出直し」韓国大統領選で、与党の候補者選びが大分…
  • 10
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 1
    心臓専門医が「絶対に食べない」と断言する「10の食品」とは?...理想は「1825年の食事」
  • 2
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つの指針」とは?
  • 3
    5月の満月が「フラワームーン」と呼ばれる理由とは?
  • 4
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの…
  • 5
    ゴルフ場の近隣住民に「パーキンソン病」多発...原因…
  • 6
    カヤック中の女性がワニに襲われ死亡...現場動画に映…
  • 7
    シャーロット王女の「親指グッ」が話題に...弟ルイ王…
  • 8
    母「iPhone買ったの!」→娘が見た「違和感の正体」に…
  • 9
    ロシア機「Su-30」が一瞬で塵に...海上ドローンで戦…
  • 10
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 1
    心臓専門医が「絶対に食べない」と断言する「10の食品」とは?...理想は「1825年の食事」
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの…
  • 5
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つ…
  • 6
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 7
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 8
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 9
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 10
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中