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新型コロナウイルスはアメリカにどのぐらい被害をもたらすのか

How big will the coronavirus epidemic be? An epidemiologist updates his concerns

2020年3月13日(金)18時04分
マーチェイ・F・ボニ(ペンシルバニア州立大学生物学准教授)

空っぽのコート。NBA選手の一人が新型コロナウイルス感染の予備検査で陽性と判定されたため急遽試合が中止になった(3月12日) Alonzo Adams-USA TODAY Sports

<アメリカの新型コロナウイルス感染の第一波を阻止するのはもう手遅れで、これから全土に感染が拡大していく可能性が高い。今後1年間にわたって2500万~1億人が感染するという推定もある>

ハーバード大学の歴史家ジル・レポアは最近、ニューヨーカー誌への投稿記事の中で、民主主義が危機に陥ると、誰もが「私たちはどこに向かっているのか」という不安を抱くようになると指摘した。明日の民主主義がどうなるか、天気予報でも見るように教えてもらいたくなるのだ。だがレポアはイタリアの哲学者ベネディット・クローチェの言葉を引用し、「政治的な問題は、私たちの力が及ばないところにあるのではなく、自分でコントロールできるものだ。私たちはただ、心を決めて行動を起こせばいい」と書いている。

新型コロナウイルスの問題も同じだ。この流行はどこまで広がるのか。感染者はどこまで膨らむのか。アメリカでは何人死ぬのか──これらの疑問に対する答えはどこにも書かれていない。だが私たちに団結して行動する意志さえあれば、ウイルスを部分的にせよ制御することは可能なのだ。

私は疫学者で、8年間の現場経験がある。2009年に豚インフルエンザが流行した時には、検疫や感染者の隔離に最前線で取り組んだ。

死亡率は思ったより高い?

1カ月ほど前、私は今回の新型コロナウイルスをめぐる各種報道が、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)の死亡率を不当に高い印象に見せていると感じていた。そこで1月末に書いた記事の中で、新たに出現した病気は得てして、感染拡大の早い段階では死亡率が高いように思えるが、たくさんのデータが入ってくるようになれば死亡率は下落していく傾向が強いと説明した。あれから8週間、今では死亡率は本当に高いのかもしれないと思い始めている。

中国は、2020年1月31日までに合計で1万1821人がCOVID-19に感染し、259人が死亡したと発表した。このデータから計算すると、死亡率は約2%になる。その2週間後のデータでは、感染者が5万人超で死者は1524人。死亡率は約3%の計算だ(死亡者数は常に感染者数よりも遅れて数字が入ってくるため、この死亡率の上昇は予想されていた)。容易に感染する病気の場合、死亡率2%や3%というのはとても危険な数字だ。

だが、死亡率は正式に感染が確認された1万1821人、あるいは5万人という数字を使って算出されている。つまり症状が出て、それが病院に行くべきレベルの症状だと判断されて、新型コロナウイルスの検査・報告ができる病院または診療所を選んで訪れた人だけがカウントされているのだ。それ以外の見過ごされたケースが何十万件もあるはずだ。

まずは死亡率の定義を説明しよう。感染者死亡率(IFR)は、感染者の総数から算出した死亡率だ。病院や診療所を訪れて感染が確認された人の数から算出したのが、症例死亡率(CFR)だ。病院を訪れる人はより症状が重い傾向にあるため、症例死亡率は感染者死亡率よりも高くなる。

中国では2月半ば時点でCOVID-19による死者が1524人に達したが、もしも感染者の総数(つまり症状の有無にかかわらず感染している人全員)が100万人だったとすれば、感染者死亡率は0.15%の計算になる。これは季節性インフルエンザウイルスの死亡率の約3倍で、心配な数字ではあるが危機ではない。

だが感染者死亡率は、症例死亡率よりもずっと見積もるのが難しい。症状が軽い人や、まったく症状がない人を感染者と判断して数に入れるのが難しいからだ。たとえばクルーズ船や小さなコミュニティーなど、その中にいる全員の検査を行うことができる場合ならば、感染者のうち症状がない人、症状が軽い人、症状がある人と重症の人の割合を把握することができるかもしれない。

ロンドン大学衛生・熱帯医学大学院、インペリアル・カレッジと疾患モデリング研究所の研究者たちは、こうした方法を使って感染者死亡率を見積もってきた。それによれば現段階で感染者死亡率は0.5%~0.94%。これはCOVID-19が季節性インフルエンザに比べて約10~20倍、死亡率が高いことを示している。

ゲノム解析や大規模な体温測定を実施して得られたデータも、この結論と一致している。唯一希望が持てるニュースは、韓国でのCOVID-19の症例死亡率が、中国の症例死亡率よりも低くなるかもしれないということだ。

普段の生活は一変する

今やアメリカでも連日、COVID-19の新たな感染例が確認されている。ウイルス感染の第一波を阻止するのはもう手遅れで、これからアメリカ全域に感染が拡大していく可能性が高い。新型コロナウイルスの感染率は、インフルエンザと同程度のように思える。だが私たちは新型コロナウイルスに対する免疫がないから、インフルエンザとの比較は難しい。

アメリカで今後1年の間にCOVID-19に感染する人の数は、平均的な冬にインフルエンザに感染する人の数ぐらい――つまり2500万人から1億1500万人の間のどこか――という推測が妥当なところだろう。新型コロナウイルスの感染力が想定以上に高かった場合にはそれより少し多くなるかもしれないし、人の移動や接触を最小限に制限する規制を設ければ、それより少し少なくて済むかもしれない。

厄介なのは、感染者数をそれぐらいと推定するとアメリカで35万~66万人の死者が出る計算になり、誤差を考慮に入れると5万~500万人の死者が出る可能性があることだ。ただ、これは天気予報とは違う。感染拡大の規模(つまり感染者の総数)は、私たちが人との接触パターンを減らし、衛生状態を改善すれば減らすことができる。そして感染者の総数が減れば、死者の総数もまた減ることになる。

感染拡大のスピードを抑え、ウイルスの影響を和らげるために最も効果的な方法が何なのか――今の段階では、まだ科学的に解明されていない。ほかの人と握手するのをやめれば感染リスクが半減するのか、それとも3分の1になるのか?それは誰にも分からない。週2日を在宅勤務にしたら、感染リスクを40%減らすことができるのか?もしかしたら、そうかもしれない。だが本当の答えは、まだ分かっていないのだ。

我々が今すべきことは、ウイルスとの接触機会を減らすこと、つまり、感染した人やウイルスが付着した表面との接触を極力、減らすことだ。ある人はもっと家で過ごすべきだし、他の人にはもっと手を洗い除菌することだ。強制隔離や職場や学校の閉鎖という極端な手段も、中国湖北省では効果があったようで、新たな感染者は減ってきている。

アメリカ人は、これからの12カ月が普段とはまるで違った生活になることを覚悟すべきだ。バケーションはキャンセルしなければならないだろう。人づき合いや社交のやり方も変わらざるを得ない。毎朝起きたら、その日の行動のリスクをいかに減らすかを考える必要があるだろう。新型コロナウイルスはひとりでには消滅しない。どこかよその国の話でもないし、単なる風邪やインフルエンザとも違う。しばらくは、人々のそばに居座ることになるのだ。

The Conversation

Maciej F. Boni, Associate Professor of Biology, Pennsylvania State University

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

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