最新記事
9.11テロ

9.11のあの日から17年――「文明の衝突」から「文化の衝突」へ

2018年9月11日(火)15時00分
アルモーメン・アブドーラ(東海大学・国際教育センター准教授)

文化とナショナリズムは見えないところで関係し合うものだ。「本来ナショナリズムとはごく心情的なもので、どういう人間の感情にも濃淡の差こそあれ、それはある」と司馬遼太郎は書く。自分の所属している村が隣村からそしられた時に猛烈と怒る感情がそれで、それ以上に複雑なものではないにしても、人間の集団が他の集団に対抗する時に起こす大きなエネルギーの源にはこの感情がある。

幾多の戦を通し、名将として歴史に名を馳せたシーザー(ユリウス・カエサル)は、人は自分の考えに固持しがちで、自分の都合の良いように世界を見る傾向があることを知り、次の言葉を残した。「人間はみな自分の見たいものしか見ようとしない」。

しかし意図的ではないが、人の目に映る物事の姿が文化によって違うことがある。太陽は何色で描くの?――お絵描きに夢中の娘に私は興味津々に尋ねた。真剣に取り合う様子もなく笑みを浮かべながら娘は答える。「赤に決まっているよ」と。「赤か」と予想外の答えに一瞬戸惑いながら、「あ、そう」と無理やりに納得したフリをする。

自分の出身であるエジプトなどのアラブ文化圏では、太陽といえば黄色か、オレンジ色のかかった黄色で描かれることが多い。少なくとも、赤で描くなどは絶対にない。どこにでもあることでも、言語やその社会が変われば、違って見えるということか。日本で生まれ育った娘の"色彩"の世界にさらに興味が高じて、「じゃ、月は何色?」と問い続ける。「黄色でしょう。普通は黄色で描くよ」と娘は自信満々に言う。これもエジプト育ち、またアラブ育ちの私の色彩感覚とは全く異なるものだ。「いやいや、普通は白でしょう。だって、ほら空を見て、月は白く見えると思わない?」と窓に駆け寄って、必死で実物を見せながら自分の"色彩感覚"の正しさを証明しようとする。

どうやら、太陽や月を見て思い浮かべる色は国や地域によって違うらしい。アラブ人の描く太陽の色は、日本人の描く月の色のようだった。同じ地球の太陽と月でも、見る人によって違って感じられる。これは言語学の法則で言うと、「時や場所を越えて物事が同じ性質であっても、それらを認識する仕組みや機能の違いが生じるときがある」ことを示す具体例だ。住む世界は同じなのに、見え方や聞こえ方など世界の感じ方は人により異なる。結果として、言葉や発想などの仕組みの違いをめぐって文化同士の摩擦は後を絶たない。時には、言葉以外のものにまでその過激な摩擦が及ぶ。

そして、最終的にはカエサルの言うように「人間はみな自分の見たいものしか見ようとしない」。

今年の9.11は偶然にもイスラム暦の新年と重なる。中東アラブ地域をはじめアメリカやヨーロッパ、アジアなどの16億人に及ぶイスラム教徒は、この日に新たな年のスタートを迎える。今の世界に広がる人間とその文化による衝突に心の痛みを抱えながら、同じ9.11を「悲劇の記念日」と見るか、「新年のお祝い」として迎えるか。2つの「特別な時間」が、今日の世界に見られる憎悪の連鎖にも重なる。

9.11と、衝突の連鎖が起きた21世紀は単なる20世紀の延長ではない。過去・現在・未来を同時に生きなければならない、「複合の世紀」だ。これまでの「文明の衝突」に関する議論が過去中心、または未来中心の、どちらか片方の見解によってなされたとすれば、今後は、過去の中の未来、そして未来の中の過去を、同時に読み解こうと努力していかなければならない。


almomen-shot.jpg【執筆者】アルモーメン・アブドーラ
エジプト・カイロ生まれ。東海大学・国際教育センター准教授。日本研究家。2001年、学習院大学文学部日本語日本文学科卒業。同大学大学院人文科学研究科で、日本語とアラビア語の対照言語学を研究、日本語日本文学博士号を取得。02~03年に「NHK アラビア語ラジオ講座」にアシスタント講師として、03~08年に「NHKテレビでアラビア語」に講師としてレギュラー出演していた。現在はNHK・BS放送アルジャジーラニュースの放送通訳のほか、天皇・皇后両陛下やアラブ諸国首脳、パレスチナ自治政府アッバス議長などの通訳を務める。元サウジアラビア王国大使館文化部スーパーバイザー。近著に「地図が読めないアラブ人、道を聞けない日本人」 (小学館)、「日本語とアラビア語の慣用的表現の対照研究: 比喩的思考と意味理解を中心に」(国書刊行会」などがある。

ニューズウィーク日本版 習近平独裁の未来
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2026年2月17号(2月10日発売)は「習近平独裁の未来」特集。軍ナンバー2の粛清劇は強権体制の揺らぎか、「スマート独裁」強化の始まりか

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:戦闘で労働力不足悪化のロシア、インドに照

ワールド

アングル:フロリダよりパリのディズニーへ、カナダ人

ビジネス

NY外為市場=ドル横ばい、米CPI受け 円は週間で

ビジネス

米国株式市場=3指数が週間で下落、AI巡る懸念継続
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:習近平独裁の未来
特集:習近平独裁の未来
2026年2月17日号(2/10発売)

軍ナンバー2の粛清は強権体制の揺らぎか、「スマート独裁」の強化の始まりか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 2
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発される中国のスパイ、今度はギリシャで御用
  • 3
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 4
    がんは何を食べて生き延びるのか?...「ブドウ糖」の…
  • 5
    川崎が「次世代都市モデルの世界的ベンチマーク」に─…
  • 6
    50歳には「まったく見えない」...信じられないレベル…
  • 7
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 8
    「ヒンメルならそうした」...コスプレイヤーが消火活…
  • 9
    【銘柄】マイクロソフトの株価が暴落...「AI懸念」で…
  • 10
    「ドルも弱い」なのになぜ、円安が進む? 「ドル以外…
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 3
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 4
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 5
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 6
    がんの約4割は、日々の取り組みで「予防可能」...予…
  • 7
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発…
  • 8
    ビジネスクラスの乗客が「あり得ないマナー違反」...…
  • 9
    がんは何を食べて生き延びるのか?...「ブドウ糖」の…
  • 10
    台湾発言、総選挙...高市首相は「イキリ」の連続で日…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 3
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 6
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 7
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 8
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 9
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 10
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中