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9.11テロ

9.11のあの日から17年――「文明の衝突」から「文化の衝突」へ

2018年9月11日(火)15時00分
アルモーメン・アブドーラ(東海大学・国際教育センター准教授)

テロの現場、ニューヨークのグラウンド・ゼロにはいま新しいワールド・トレード・センターの高層建築がそびえる Carlo Allegri-REUTERS

<米同時多発テロから17年の歳月が経過したが、異文化間の衝突の連鎖は今も続いている>

「9.11」から今年で17年になる。「時計の針が前にすすむと『時間』になります/後にすすむと『思い出』になります」と寺山修司は書いた。しかし、必ずそうなるとは限らない。17年経った今も、あの日の出来事から時計は前にも後にも進んでいないように思える。2001年の同時多発テロ事件を境にさまざまな衝突の連鎖が止まらない。

「われわれの味方か、それともテロリストの味方か」――当時のジョージ・W・ブッシュ米大統領のナンセンスな発言も思い出す。あれを境に空前のイスラム嫌悪が広がった! そして、それは今も続く。

「文明と文明との衝突が対立の主要な軸である。特に文明と文明が接する断層線(フォルト・ライン)での紛争が激化しやすい」。今から20年以上も前の1996年に、アメリカ政治学者のサミュエル・ハンチントンが、著書『文明の衝突』で指摘した。個人的に96年といえば、「初めて日本に来た」という特別な意味を持つ年である。この「文明の衝突」という言葉が世界に衝撃を与えた覚えがある。そして彼の予言通り、現代のさまざまな問題を見渡せば、世界の諸文明の衝突が後を絶たない状況だ。

いま思えば、ハンチントンの見方は未来への予言ではなく、当時の世界が置かれている状況やその先にある当然の結果を説明したものに過ぎなかったのだろう。つまり、私たちは随分前から文明の衝突の最中にいる。そのためか、争いや対立、紛争等はずっとなくならない。

一方、その反動か、世界を一つにしようとする新たな概念も生まれた。グローバル化だ。それがいいか悪いかはともかく、世界の人々も最初はそれを歓迎した。しかしその後は、「グローバル化」から「反グローバル化」へとシフトしているようである。金融危機が世界を襲うまでは、国境を越えたより自由な経済活動の拡大という楽観的期待の下、グローバル化は人々の生活を豊かにすると信じられていた。しかし今は違う。グローバル化は労働力の移動や移民の流入などで主権国家を脅かし、社会秩序を不安定なものに変えてしまう脅威として見る向きが強まった。

だが、「文明の衝突」にしても、「グローバル化」にしても、あるいは「反グローバル化」にしてもこれらを幻の存在にしたのは、インターネットとSNSの力に違いない。本来なら、ネットを通じて世界中の人たちをつなげることが大きな特徴だったSNSこそが、人々を分断する存在となった。事実や真実を証明することと、自分が信じる事実や真実を証明することは別のものである。だが実際には、大概の人は真実や真実を求めるというより、むしろ自分たちが望む事実や真実を証明することに躍起になる。

そして、その最大の手段となっているのがスマートフォンやSNSだ。今の私たちは、自分の考えや見方など個人の信条を押し通すことに全力を注ぎ、結果として、それぞれがただ勝敗を決めたい一心となっている。もしかして、私自身もこの記事を書くことでそれをしようとしているのかもしれない。悲観的すぎるのかもしれないが、ハンチントンの言う「文明の衝突」は国家同士の衝突から、人間同士とその考え方による衝突へと形を変えていったようだ。ある意味では「文明による衝突」ではなく、人々の生活様式や行動パターンなどの「文化による衝突」が目立つ。ツイッターやフェイスブックなどSNSのさまざまな投稿を見ても、個人個人やその社会が生み出した文化をめぐり、人々は常に衝突を繰り返しているように見える。

一方、人が集まれば、そこに文化も生まれる。国には国の文化、地域には地域の文化、会社には会社の文化、宗教には宗教の文化がある。そして現代社会の傾向としては、文化の細分化が進んでいると考えられる。例えば、同じ民族の人々の中でもさまざまな生活パターンや傾向があったりする。アラブ地域の文化や社会制度ももはや一つではなく、考え方も必ずしも一様ではない。異様なスピードで細分化は進んでおり、同じ共同体や思想であるにもかかわらず分断や対立が後を絶たない。

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