最新記事

臓器移植

人工培養した肺をブタに移植することに成功、数年後にヒトへも可能に

2018年8月6日(月)18時01分
松岡由希子

培養した肺 University of Texas Medical Branch

<米テキサス大学医学部ガルベストン校の研究チームは、培養した肺を成豚に移植することに成功したと発表した>

臓器移植とは、病気や事故などにより臓器の機能が低下した患者に、他者の健康な臓器を移植して機能を回復させる医療のこと。2017年の年間移植数は、米国で3万4770件、日本では380件となっている。

なかでも、肺移植は、患者それぞれの適合条件に合致した肺の提供が不足しているうえ、移植に至ったとしても、体内に移植された肺に対して患者の免疫系が拒絶反応を起こすリスクが高いのが課題だ。2017年の移植数は、米国で2449件、日本では56件にとどまっている。そこで、従来の肺移植に代わる新たな医療として、患者本人の細胞から器官を培養し、これを移植するという手法が研究されている。

ブタは循環器系の構造や機能などがヒトと似ている

米テキサス大学医学部ガルベストン校の研究チームは、2018年8月1日、「生物工学によって培養した肺を成豚に移植することに成功した」と発表し、肺の培養や移植の手順をまとめた研究論文を科学雑誌「サイエンス・トランスレーショナル・メディシン」で公開した。

ブタは循環器系の構造や機能などがヒトと似ていることから、研究チームでは、今後5年から10年までのうちに、ヒトに移植する肺の培養も可能になるとみている。

肺を培養するためには、肺の構造に合った"足場"が必要だ。研究チームでは、まず、移植対象の成豚とは無関係の動物から肺を取り出し、すべての細胞と血液を除去して、タンパク質のみから成る"肺型の足場"を抽出。栄養素が含まれた混合物で満たされた培養槽に"肺型の足場"を入れ、移植対象となるそれぞれの成豚から肺の一方を取り出して、肺の細胞をこの"足場"に加えながら30日間にわたって培養したところ、移植対象の成豚と組織適合性のある肺に成長した。

培養された肺は生体内でも適応し、発達し続けた

研究チームは、成豚4頭を対象に、それぞれの細胞から培養した肺を移植し、移植後10時間、2週間、1ヶ月、2ヶ月で、その経過を観察した。成豚に移植された肺はいずれも健康で、移植から2週間後には、培養した肺に血管ネットワークができていた。

また、培養された肺には、血管系が十分に発達していないことをあらわす肺水腫の兆候はみられず、外部から栄養素などを点滴しなくても成長し続けたことから、新しい肺に必要な基本要素が体内で供給されているとみられている。つまり、この研究結果によれば、培養された肺は、大きな生体内でも適応し、発達し続けるというわけだ。

ただし、この研究では、培養された肺は、移植から2ヶ月経過した時点で、もう一方の肺での呼吸を停止させ、単独での呼吸に切り替えられるまでには発達していなかった。また、培養した肺が体内にどれくらい酸素供給しているのかについては、まだ明らかになっていない。

研究チームでは、今後、培養した肺組織のガス交換能を詳しく調べるとともに、培養した肺の長期的な維持・発達についても研究をすすめる方針だ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

IBM、コンフルエントを110億ドルで買収 AI需

ワールド

EU9カ国、「欧州製品の優先採用」に慎重姿勢 加盟

ビジネス

米ネクステラ、グーグルやメタと提携強化 電力需要増

ワールド

英仏独首脳、ゼレンスキー氏と会談 「重要局面」での
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...かつて偶然、撮影されていた「緊張の瞬間」
  • 4
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 5
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 6
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 7
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 8
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 9
    死刑は「やむを得ない」と言う人は、おそらく本当の…
  • 10
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 4
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 7
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 8
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 9
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中