最新記事

ヘルス

中国が誇る伝統医学、その危険な落とし穴とは

2018年6月20日(水)16時15分
アレックス・ベレゾウ(全米科学健康評議会上級研究員)

今日の中国本土の文化に伝統医学は深く根を張っており、巨大ビジネスになっている Bobby Yip-REUTERS

<政府は普及に力を入れるが根拠を欠く治療法も――現代医学への不信感をあおる弊害はあまりに大きい>

2015年4月、オーストラリアのシドニーで1人の男の子が死亡した。両親は1型糖尿病患者だった息子にインスリンを与えず、「拍打拉筋」という治療法のワークショップに参加させていた。

この治療法は中国伝統医学の考え方に基づくものという触れ込みで、ひとことで言えば、患者の体をたたくことによりさまざまな病気を治療することを目指す。提唱者は蕭宏慈(シアオ・ホンツー)という人物で、世界各国を訪れてワークショップを開いている。

蕭が関係している可能性がある死亡例は、この少年だけではない。16年10月には、イギリスで蕭のワークショップに参加した71歳の1型糖尿病患者の女性が死亡している。

蕭の「拍打拉筋」は中国伝統医学の専門家の間でも厳しい批判を浴びており、極端な事例と見なすべきだろう。それでも中国伝統医学の範疇で実践されている治療法の中には、エビデンス(科学的根拠)を欠いたものが少なくない。ところが中国政府は近年、中国伝統医学の普及に力を入れ始めている。それがさまざまな悪影響を生む可能性は否定できない。

中国伝統医学は、今日の中国本土の文化にも深く根を張っている。とっくに廃れた伝統を少数の支持者が細々と守っている、という状況ではない。中国の大都市にはことごとく、専門の病院と大学があり、所管の政府官庁まである。欧米の中国伝統医学支持派は、製薬業界の利益至上主義の悪影響が及んでいないことを礼賛するが、中国では伝統医学も巨大ビジネスになっている。

習近平(シー・チンピン)国家主席は、全国民が手軽に中国伝統医学を利用できるようにし、さらにはそれを世界に広めたいと考えている。そのために、世界の国々で中国語と中国文化を教える孔子学院に資金を拠出し、中国伝統医学の手法も教えさせている(孔子学院は中国政府のプロパガンダの一翼を担っている可能性があるとの理由で、アメリカではFBIの監視対象になっている)。

現代医学に背を向けて

たとえ中国伝統医学に治療効果がなくても、現代医学と並行して「補完療法」として利用するのなら害はないのではないか、と思う人もいるかもしれない。患者や家族の気休めになればいいというわけだ。

しかし、それは危険な発想と言わざるを得ない。中国伝統医学は、人々に現代医学への不信感を植え付けることにより、多くの利用者を引き付けている面もあるからだ。誤った現代医学否定論が悲惨な結果を招くことは、ワクチンをめぐる論争からもはっきりしている。

イギリスの医師アンドルー・ウェイクフィールドが98年にワクチンと自閉症の関係についてデータを捏造し、ワクチン批判を展開したことが大きな要因になり、先進諸国では予防接種を受ける人の割合が低下している。その結果、麻疹(はしか)など、予防接種で防げるはずの感染症が流行するようになった。ヨーロッパ大陸では17年、麻疹患者の数が前年の約4倍に増えた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

金総書記、プーチン氏に新年メッセージ 朝ロ同盟を称

ワールド

タイとカンボジアが停戦で合意、72時間 紛争再燃に

ワールド

アングル:求人詐欺で戦場へ、ロシアの戦争に駆り出さ

ワールド

ロシアがキーウを大規模攻撃=ウクライナ当局
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 6
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 7
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 8
    【世界を変える「透視」技術】数学の天才が開発...癌…
  • 9
    中国、米艦攻撃ミサイル能力を強化 米本土と日本が…
  • 10
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中