最新記事

アメリカ

普通の大国として振舞うトランプ外交誕生の文脈──アメリカン・ナショナリズムの反撃(2)

2018年6月15日(金)11時45分
中山俊宏(慶應義塾大学総合政策学部教授)※アステイオン88より転載

アメリカの「例外性」に懐疑的だったバラク・オバマ前米大統領(右)と、その後を受けて大統領に就任し、普通に、身勝手に振舞わせてもらうと居直ったドナルド・トランプ Carlos Barria-REUTERS


<論壇誌「アステイオン」88号(公益財団法人サントリー文化財団・アステイオン編集委員会編、CCCメディアハウス、5月28日発行)は、「リベラルな国際秩序の終わり?」特集。リベラルな国際秩序の終わりが語られている最大の理由は「トランプ米大統領がリベラルな国際秩序の中核となる重要な規範を軽視して、侮辱しているから」だが、「トランプ大統領がホワイトハウスから去った後も、リベラルな国際秩序の衰退は続くであろう」と、特集の巻頭言に細谷雄一・慶應義塾大学法学部教授は書く。
 アメリカ外交を構成する4つの主要な潮流とは何か。先の米朝首脳会談でも世界の耳目を集めたドナルド・トランプ米大統領の外交を、どうとらえるべきか。中山俊宏・慶應義塾大学総合政策学部教授による同特集の論考「アメリカン・ナショナリズムの反撃――トランプ時代のウィルソン主義」を、3回に分けて全文転載する>

※第1回:トランプ外交はミードの4類型に収まりきらない──アメリカン・ナショナリズムの反撃(1)

二〇世紀の国際政治をつくりかえたウィルソン主義

ウィルソン主義は、国際政治や安全保障の専門家の間ではとりわけ評判が悪い。リアリストからはその道徳的普遍主義に根ざしたナイーブな世界観が揶揄され、リベラルな論客からはアメリカに特殊な役割を付与するその傲慢さが批判されてきた。特にネオ・ウィルソン主義(トニー・スミス)とも呼ばれるネオコン的な介入主義は、ウィルソン主義の評判を著しく貶めた(9)。近年は、ウィルソン大統領自身の人種問題に関する立場が問題となり、その偽善性さえ指摘されるようになっている(10)。しかし、こうした批判にも関わらず、ウィルソン大統領が一九一七年四月に欧州戦線への介入を唱えたその瞬間が、アメリカがはじめて「リベラル・インターナショナリズム」の狼煙(のろし)を上げた瞬間でもあった。ウィルソンは、アメリカを心地よい繭の中から外に引きずり出し、世界をつくりかえる、事実上、そう宣言した。クレマンソーは、ウィルソンの一四カ条の平和原則を聞くにおよび、「神(good lord)でさえ、われわれに一〇個の戒律しか示さず、それさえわれわれは守れないというのに、一四カ条とはなにごとだ」、と呆れ返ったという。そのウィルソン大統領の名前を冠したウィルソン主義は、絶えず批判の的になりつつも、ウィルソン以降の国際政治は、ウィルソンが提唱した世界の方向に向かって進んできたともいえる。民主化、人権、民族自決、集団安全保障、国際法、そして国際機構、それらは二〇世紀の国際政治を過去と切り離すものでもあった(11)。

ウィルソン主義は、人々を隔てるものを踏み越えて、その向こう側にいこうとする普遍主義的な思考だ。それは壁を取り除こうとする意思でもある。その根底には、世界はよき方向に向かって収斂していくという楽観主義がある。アメリカは歴史的悲劇の感覚を欠いているとしばしば評されるが、ウィルソン主義が依拠する世界観はそうしたアメリカ固有の楽観主義に根ざしている。歴史の重力に縛られないウィルソン主義が世界を変えようとするとき、その関心は国家の対外行動のみならず、その国の内部にまで踏み込み、体制そのものに影響を及ぼそうとする。それは、普通の意味での支配ではなく、ある空間をアメリカ的理念で覆ってしまう。

ウィルソン的普遍主義は、冷戦期、アメリカが顕教として掲げた公式のイデオロギーでもあり、アメリカが主導するリベラル・インターナショナル・オーダーの礎でもあった。ミードは、アメリカはウィルソン的理念の伝播力ゆえに、コミンテルンを必要としなかったと論じているが、ウィルソン主義はコミュニズムに抗する対抗イデオロギーでもあった(12)。それゆえ、そう語られることは必ずしも一般的ではないものの、冷戦の終焉は、ある意味においてアメリカ外交の諸潮流の中でもとりわけウィルソン主義にとっての勝利であった。東西のイデオロギー対立が解消し、いずれ世界はリベラル・デモクラシーの方向に向かって「収斂(converge)」していく、そうした期待が冷戦後しばらくの間は支配的だった(13)。それはウィルソン主義が思い描いた世界でもあった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国、今後5年間で財政政策を強化=新華社

ワールド

インド・カシミール地方の警察署で爆発、9人死亡・2

ワールド

トランプ大統領、来週にもBBCを提訴 恣意的編集巡

ビジネス

訂正-カンザスシティー連銀総裁、12月FOMCでも
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 2
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃度を増やす「6つのルール」とは?
  • 3
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...その正体は身近な「あの生き物」
  • 4
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    「不衛生すぎる」...「ありえない服装」でスタバ休憩…
  • 7
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 8
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 9
    「腫れ上がっている」「静脈が浮き...」 プーチンの…
  • 10
    『トイ・ストーリー4』は「無かったコト」に?...新…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 8
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中