最新記事

「慰安婦」の記憶

慰安婦像が世界各地に増え続けるのはなぜか

2018年3月20日(火)11時20分
小暮聡子(ニューヨーク支局)

コロンビア大学のキャロル・グラック教授 Q. SAKAMAKI FOR NEWSWEEK JAPAN

<なぜ慰安婦問題は今も解決しないのか。コロンビア大学のキャロル・グラック教授が解き明かすプロセスと背景。多国籍の学生と対話したグラック教授が問題の本質を語った。本誌3月20日発売最新号「『慰安婦』の記憶」特集より>

1月25日に行われた第3回の講義では、学生たちの慰安婦についての見方の違いが浮き彫りになった。多国籍のグループと今回のような対話形式で慰安婦について話すことは貴重な経験だったと振り返るキャロル・グラック教授に、本誌ニューヨーク支局の小暮聡子が話を聞いた。

【参考記事】コロンビア大学特別講義・第1回より:
 歴史問題はなぜ解決しないか
 「歴史」とは、「記憶」とは何か
 歴史と向き合わずに和解はできるのか
【参考記事】コロンビア大学特別講義・第2回より:
 メディアが単独で戦争の記憶をつくるのではない


――慰安婦の回を終えて、参加した学生たちの反応をどう振り返るか。「記憶の作用」というグラック説に基づいて考えたとき、学生たちの答えは想定の範囲内だったか。

まず、学生たちが慰安婦についてこれほど多くを知っているということに驚いた。大学の東アジア史の授業で習ったという人が何人もいたが、20年前ではおそらくあり得なかったことだろう。ほかに、新聞や雑誌を通じて慰安婦の話に触れたという人たちもいて、共通の記憶を形成する上でメディアが重要な役割を果たしていることが明確になった。

もちろん、この講義シリーズに参加している学生たちは一般的なアメリカ人、つまり第二次世界大戦というとパールハーバーとヒロシマ以上のことはあまり知らない層に比べて日本や東アジアの歴史についてより多くのことを知っている。アメリカでは、慰安婦は90年代にアジア系アメリカ人やフェミニスト、人権活動家たちの間で知られるようになったが、それよりもっと幅広く一般的に広がったのはここ数年のことだろう。特に、サンフランシスコやアトランタ郊外などに慰安婦像が建ち、それをめぐる論争を通じて知られていった、とも言えるだろう。

――慰安婦についての見方はもちろん国籍に限らず一人一人違うだろうが、あえて国ごとに考えたとき、韓国人と日本人とアメリカ人の学生たちにそれぞれ特徴的な態度は見られただろうか。

戦争の記憶はどれも「国民的な」ものであり、自国の経験に特化して語られるものだ。時間がたつなかでは、戦時中の敵国や同盟国など他国の見方を内包していくというように変化することもあり得る。しかしそのようなときでさえ、戦争と国家のアイデンティティーは切り離せるものではなくむしろ物語の中心に据えられる傾向にあり、その物語は戦争体験者だけでなく戦後世代にも引き継がれていく。

講義に参加した中国人、韓国人、日本人、韓国系アメリカ人、アメリカ人の学生たちはそれぞれの出自に結び付いた見方を語っていた。それは、彼らがその見方を中国、韓国、日本、もしくはアメリカで習ったからかもしれないし、自分たちの親から受け継いだものかもしれない。韓国系アメリカ人の学生は慰安婦の記憶を日本の植民地時代と結び付けて語っていたが、アメリカで育ちながらも韓国の国民の記憶をなぞっていたと言えるだろう。

東アジアの諸国で和解を目指そうという場合には、国民の記憶というのは後の世代にまで受け継がれていく力があるという事実を考慮に入れる必要がある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

プーチン氏「グローバリゼーションは時代遅れ」、新興

ビジネス

5月実質賃金2.9%減、5カ月連続 1年8カ月ぶり

ビジネス

インド、米自動車関税に対抗し報復関税 WTOに通知

ワールド

関税引き上げ8月1日発効、トランプ大統領「複数のデ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗」...意図的? 現場写真が「賢い」と話題に
  • 3
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」だった...異臭の正体にネット衝撃
  • 4
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 5
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 6
    コンプレックスだった「鼻」の整形手術を受けた女性…
  • 7
    「シベリアのイエス」に懲役12年の刑...辺境地帯で集…
  • 8
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 9
    孫正義「最後の賭け」──5000億ドルAI投資に託す復活…
  • 10
    ギネスが大流行? エールとラガーの格差って? 知…
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 5
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 6
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 7
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 8
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 9
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 10
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とん…
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中