最新記事

戦争の物語

「歴史」とは、「記憶」とは何か(コロンビア大学特別講義・後編)

2018年3月13日(火)17時10分
ニューズウィーク日本版編集部

Photograph by Q. Sakamaki for Newsweek Japan

<真珠湾攻撃は奇襲かだまし討ちか――米コロンビア大学のキャロル・グラック教授はその「違い」を明らかにしていく。本誌2017年12月12日号「戦争の物語」特集より>

※本記事は2回に分けて掲載するコロンビア大学特別講義の後編です。前編はこちら

日米で異なる開戦と敗戦の重み

【グラック教授】 では、次の質問にいきましょう。これまで、国民の物語としてのパールハーバーについて聞いてきました。だまし討ち、愛国心、というのは、アメリカに伝わるパールハーバー物語です。では、日本で伝えられているパールハーバーとはどのようなものでしょう。

【ユカ】 私が読んだ小説では、日本の外務省は「あれは奇襲攻撃ではなかった」と主張していたと思います。日本政府は宣戦布告をしたかったけれど、外務省の不手際が起きてしまったと。天皇を含め一部の人たちはアメリカ相手の開戦に反対していて、多くの議論が行われていた、とも。

【グラック教授】 つまり、だまし討ちではないと。実際には日米間で交渉が続いていて、ワシントンの日本大使館の不手際でアメリカへの通告が遅れてしまった、という話ですね。それも、1つのストーリーです。もちろん、小説は日本はだまし討ちをしたかったわけではないと書いているでしょう。この小説が書かれた80年代には、このように既にさまざまな見方が生まれていました。でも、おそらく日本人のほとんどはパールハーバーと聞いてこの点を挙げないでしょう。ほかに日本で一般的に伝えられている見方は?

【スコット】 ABCD包囲網?

【グラック教授】 そうです。当時も、そして最近になってまた言われるようになってきているのは、日本は真珠湾攻撃に出る以外になかったという話ですね。アメリカと戦争を始めたのは、アメリカ、イギリス、中国、オランダによる対日政策(ABCD包囲網)があったからだ、と。特にアメリカによる石油や鉄などの輸出制限措置。これは、戦時中にあった見方であり、現在また、保守派の間で言われていることです。軍事、安全保障、経済の地政学的背景から、やむにやまれず開戦したのだ、と。では今度は、パールハーバーについての情報があふれている社会で生きているアメリカ人ではなくて、アメリカ人以外の皆さんにお聞きします。パールハーバーではなく第二次世界大戦について考えるとき、真っ先に思い浮かべることは何ですか。


【トモコ】 ヒロシマとナガサキ。

【グラック教授】 はい、もちろんそうでしょう。

【ユウコ】 日本が負けたこと。

【グラック教授】 敗北ですね。お二人の答えは至極真っ当です。(第二次世界大戦と聞いて)アメリカ人がパールハーバーを思い浮かべる一方で、日本人はおそらくヒロシマと敗北、降伏を思い浮かべるでしょう。つまり日本では、パールハーバーはそれほど大きな出来事ではないということ。大切なのは戦争の終わりであって、始まりではないからです。第二次世界大戦についてアメリカには1つの物語があり、日本にも別の物語があります。一般的に、アメリカの戦争物語はパールハーバーから語られ、日本の物語は戦争の終わりから語られます。日本の物語はたびたび、広島原爆と天皇の玉音放送から始まりますよね? では、「歴史」とは違って、「記憶」の物語とはどういうことだと言えるでしょうか。記憶の物語の限界とは、何なのでしょう。

【ニック】 戦争の中で最も感情的な出来事によって突き動かされるということでしょうか。

【グラック教授】 ええ、そのとおりです。それもそうですが、もう1つの限界とは、国境です。これらは、「国民の物語」なのです。勇敢さを思い浮かべたり、だまし討ちと捉えるアメリカと、原爆が落とされて世界初の被爆国となり、それによって戦後、平和への使命を与えられた日本と、これら2つは別々の物語です。多くの場合、日本人は終戦と平和への使命について語り、アメリカ人は奇襲攻撃に対して勇敢に戦ったことを語ります。つまりどの戦争の物語についても非常に大きな点というのは、これらは国民の物語だということです。日本人はパールハーバーについて覚えてはいるけれど、そこまで感情的な作用を伴わないでしょう。だからこそ、日本に南京大虐殺や慰安婦の強制性について否定したがる政治家はいても、これまでに右派の政治家でも真珠湾攻撃を否定した人はいないのでしょう(笑)。

【一同】 (笑)

magSR180313main2-2.jpg

トモコ(日本人)「アメリカに来た被爆者が真珠湾攻撃への謝罪から口火を切る場面に出くわした。理由を聞くと、自分たちの話を聞いてもらうため、期待されていることだからという答えが返ってきた」 Photograph by Q. Sakamaki for Newsweek Japan

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国、米防衛企業20社などに制裁 台湾への武器売却

ワールド

ナジブ・マレーシア元首相、1MDB汚職事件で全25

ビジネス

タイ中銀、バーツの変動抑制へ「大規模介入」 資本流

ワールド

防衛省、川重を2カ月半指名停止 潜水艦エンジンで検
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 4
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 5
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 6
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 7
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 8
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 5
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 6
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 7
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 8
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 9
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 10
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中