最新記事

癌治療レボリューション

「癌は細胞の先祖返り」新説は癌治療の常識を変えるか

2017年8月1日(火)16時44分
ジェシカ・ワプナー

現在の治療は基本的に、癌細胞の分裂を抑制することを目指す STEVE GSCHMEISSNER-SCIENCE PHOTO LIBRARY/GETTY IMAGES


170808cover_150.jpg<ニューズウィーク日本版8月1日発売号(2017年8月8日号)は「癌治療レボリューション」特集。癌研究・ケアの現場で標準治療の殻を打ち破って新たな道を切り開く、常識外れの「革命家」たちに迫った。本記事は、特集の1記事「宇宙研究者が挑む癌のミステリー」を一部抜粋・転載したもの>

既存の癌研究の問題は明らかだと、宇宙の起源や地球外生命体についての研究で有名なアリゾナ州立大学(ASU)のポール・デービーズ教授は思っている。「金を費やせば問題を解決できると思い込んでいる」、つまりカネはつぎ込まれているが、知恵が足りておらず、その結果として癌は多くの謎に包まれた病気であり続けているというのだ。

理論物理学者のデービーズは、癌研究では「よそ者」だが、従来の考え方より優れたアプローチを見いだしたと主張している。「知恵を使えば、問題を解決できると思う」

デービーズは数年をかけて、癌のメカニズムに関して大胆な仮説に到達した。癌は、複雑な生命体が登場する以前へと進化のプロセスを逆戻りする現象なのではないかというものだ。この仮説によれば、癌になった細胞は、10億年前の地球に多く見られた単細胞生物のような状態に「先祖返り」する。

興味を示す研究者もいるが、ばかげていると切って捨てる研究者のほうが多い。人間の細胞が藻やバクテリアのような原始的な形態に逆戻りするという仮説は、多くの科学者にとって、あまりにとっぴに思える。

しかし次第に、ひょっとするとデービーズの仮説が正しいのかもしれないと示唆する証拠が登場し始めている。もしもこの説が正しければ、既存の癌対策のアプローチは全面的に間違っている可能性が出てくる。

デービーズはもともと、癌研究に取り組むつもりはなかった。しかし、07年のある日、国立癌研究所(NCI)の副所長だった生物学者のアナ・バーカーから電話がかかってきた。NCIは当時、化学、地質学、物理学などの異分野の知見を癌研究に取り入れたいと考え始めていた。

09年以降、12の研究機関がNCIの助成を受けて、異分野から癌研究にアプローチし始めた。この助成対象として選ばれた中に、デービーズの「ASU物理科学・癌生物学融合センター」の設立計画も含まれていた。

物理学者として、「宇宙はどのように始まったのか」「生命はどのように誕生したのか」といった根源的な問いを考えてきたデービーズは、癌研究にも同様のアプローチで臨んだ。まず考えたのは2つの問い。「癌とは何か」「なぜ癌は存在するのか」。これまで何十年もの歳月が費やされ、100万点を超す論文が書かれてきたが、これらの謎は解き明かされていない。

【参考記事】カーターの癌は消滅したが、寿命を1年延ばすのに2000万円かかるとしたら?

癌と酸素の関係が示すもの

デービーズが着目したのは、癌が多細胞生物の間で一般的な病気だという点だった。多くの動物が癌にかかるということは、ヒトという種が地球上に誕生するずっと前からこの病気が存在した可能性が高い。

14年には、ドイツのキール大学のトーマス・ボッシュ教授(進化生物学者)率いる研究チームが、ヒドラの2つの種で癌を発見している。ヒドラは、単細胞生物から多細胞生物への進化を遂げた初期の生物の1つだ。「癌は、地球上に多細胞生物が誕生したときから存在していた」と、ボッシュは当時述べている。

【参考記事】抗酸化物質は癌に逆効果?

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=S&P・ナスダックほぼ変わらず、トラ

ワールド

トランプ氏、ニューズ・コープやWSJ記者らを提訴 

ビジネス

IMF、世界経済見通し下振れリスク優勢 貿易摩擦が

ビジネス

NY外為市場=ドル対ユーロで軟調、円は参院選が重し
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは「ゆったり系」がトレンドに
  • 3
    「想像を絶する」現場から救出された164匹のシュナウザーたち
  • 4
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 5
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 6
    「二次制裁」措置により「ロシアと取引継続なら大打…
  • 7
    「どの面下げて...?」ディズニーランドで遊ぶバンス…
  • 8
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 9
    「異常な出生率...」先進国なのになぜ? イスラエル…
  • 10
    アフリカ出身のフランス人歌手「アヤ・ナカムラ」が…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 4
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    アメリカで「地熱発電革命」が起きている...来年夏に…
  • 8
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 9
    ネグレクトされ再び施設へ戻された14歳のチワワ、最…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 4
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 9
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中