最新記事

癌治療レボリューション

「癌は細胞の先祖返り」新説は癌治療の常識を変えるか

2017年8月1日(火)16時44分
ジェシカ・ワプナー

magSR170801-chart.png

癌が進化上の退行現象であることを示す証拠は、多くの動物が癌になるという点だけではない。デービーズによれば、癌には単細胞生物と似た面がある。哺乳類の細胞と違い、細胞死がプログラムされていない点はその1つだ。

それに、癌細胞は酸素が極めて乏しい環境でも生きられる。デービーズと、オーストラリアのチャールズ・ラインウィーバー(宇宙生物学)、ASUのキンバリー・バシー(生物情報学)らでつくる研究チームはそれを理由に、癌が地球上に誕生したのは10億~15億年前だったと考えている。大気中の酸素の量が極度に少なかった時代だ。

癌細胞は、代謝の在り方も普通の細胞と異なる。糖をエネルギーに変える速度が極めて速く、その過程で乳酸を作り出す。乳酸は一般に、酸素がない環境で代謝が行われるときに発生する物質だ。この現象は、1931年のノーベル生理学・医学賞受賞者オットー・ワールブルクにちなんで「ワールブルク効果」と呼ばれている。

癌の80%は、このワールブルク効果を示す。この点も癌が太古から存在した証拠だと、デービーズは考えている。酸素がない環境を前提にした性質を備えているように見えるからだ。

癌細胞は酸も生成する。腫瘍学者のマーク・ビンセントによれば、その酸によって、原生代、つまり地球上に生命が誕生して間もない時期に似た環境がつくり出されているという。

カナダのオンタリオ州にあるロンドン地区癌センターに所属するビンセントは、癌細胞内の環境と太古の地球の環境が類似していることに着目し、酸を生成する性質は癌の「原始性」を浮き彫りにしているのではないかと考えた。これも、癌を進化上の退行現象と見なす仮説を補強する材料だ。

オーストラリアのピーター・マッカラム癌センターの計算癌生物学者、デービッド・グッドらの研究チームによれば、いくつかの種類の癌では、単細胞生物に含まれる遺伝子(つまり古い時代に生まれた遺伝子)が多く見られる。それに対し、もっと後になって誕生した遺伝子は、癌の成長や活動で大きな役割を果たしていないという。

【参考記事】疑わしきは必ず罰するマンモグラフィーの罠

自己防衛のために先祖返り?

癌が進化上の退行であるなら、そのきっかけは何なのか。引き金を引くのは、体が受けたダメージやストレスだと、デービーズは考えている。

それは、ハードウエアに不具合が起きたコンピューターがセーフモードで起動するのに似ていると、デービーズは言う。DNAの複製にエラーが生じると、セーフモードとして単細胞生物化するというのだ。癌は「非常に古い起源を持つ防衛メカニズム」なのだと、デービーズは言う。「原始的状態に転換することにより、癌細胞は分裂のペースが速まり、絶え間ない外部からのプレッシャーに適応しやすくなる」と、グッドも説明する。

※「癌治療レボリューション」特集号はこちらからお買い求めいただけます。

【参考記事】 LEDが照らし出す癌細胞撲滅への道

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガリニューアル!
 ご登録(無料)はこちらから=>>

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

ECBの次回利下げ、9月より後になる公算=リトアニ

ワールド

トランプ氏、日本に貿易巡る書簡送付へ 「コメ不足な

ワールド

米政権がロス市提訴、ICE業務執行への協力制限策に

ビジネス

米国株式市場=S&P・ナスダック最高値更新、貿易交
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 2
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とんでもないモノ」に仰天
  • 3
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。2位は「身を乗り出す」。では、1位は?
  • 4
    「パイロットとCAが...」暴露動画が示した「機内での…
  • 5
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 6
    ワニに襲われ女性が死亡...カヌー転覆後に水中へ引き…
  • 7
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 8
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 9
    飛行機のトイレに入った女性に、乗客みんなが「一斉…
  • 10
    顧客の経営課題に寄り添う──「経営のプロ」の視点を…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 5
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 6
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 7
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 8
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 9
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 10
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中