最新記事

科学

性科学は1886年に誕生したが、今でもセックスは謎だらけ

2017年5月1日(月)17時10分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

kali9-iStock.

<人間の性欲を研究対象に選んだボストン大学の認知神経科学者2人。セックスの研究は約130年も前に始まったのに、いまだに謎が多いままだ。2人の用いた新たな手段はインターネットとデータマイニングだった>

認知神経科学の研究者がポルノの研究をするのは珍しい。だがボストン大学のオギ・オーガスとサイ・ガダムはまさにそれをやってのけ、1冊の本を世に送り出した。2人の抱いた疑問は、「性的欲望と欲情を生み出す脳のソフトウエアは、どんなしくみになっているのか」というものだった。

どうやって疑問に答えるか。カギは、インターネットだ。インターネットを情報源に研究を行えば「信じられないくらい多種多様な人々の生(なま)の活動」を明らかにすることができ、「人間の行動についての世界最大の実験が可能になる」と彼らは考えた。

4億の検索ワード、65万人の検索履歴、数十万の官能小説、数千のロマンス小説、4万のアダルトサイト、500万件のセフレ募集投稿、数千のネット掲示板投稿――これらをオーガスとガダムがデータマイニングにより分析し、読み物としても濃密な1冊に仕上げたのが『性欲の科学――なぜ男は「素人」に興奮し、女は「男同士」に萌えるのか』(坂東智子訳、CCCメディアハウス)だ。

ここ1~2年、ネットの世界では「政治」が大きな話題を占めるようになっているが、確かにインターネットといえば、生の感情や欲望が飛び交う世界。本書に記されているように、「ネットはポルノのためにある」というのは一面の真実だろう。

ここでは本書の「第1章 大まじめにオンラインポルノを研究する――性科学と『セクシュアル・キュー』」から一部を抜粋し、3回に分けて転載する。シリーズ第1回は、第1章の冒頭から。

◇ ◇ ◇

 科学の世界では、1886年に、注目に値する新しい学問分野がふたつ誕生した。どちらの分野も、生みの親となったのはドイツ人科学者だ。1人の科学者は外界に目を向け、自然界に潜んでいた謎を解明しようとした。もう1人は人間の内面をのぞき込み、心理の謎を解明しようとした。その後、ふたつの科学分野のうち、ひとつは著しい発展を遂げたが、もうひとつは、意外なほど停滞してしまった。

 1886年、物理学者のハインリヒ・ヘルツは、史上初の無線アンテナを作り上げた。それを使って、イギリスの理論物理学者ジェームズ・クラーク・マクスウェルが予想した電磁波の存在を確かめたかったのだ。ヘルツは、電波信号の送受信に初めて成功し、同時に、マクスウェルの電磁波理論が正しかったことを証明して、「レディオフィジックス(電磁波物理学)」という新しい学問分野を開いた。レディオフィジックスは、目に見えない未知の「波」を研究テーマとする学問で、当時の学者たちには想像も及ばない世界だった。しかしその後の1世紀のあいだに、レディオフィジックスの研究者たちは、DVDプレイヤーや眼科手術などに使われるレーザーを開発した。彼らは、脳をスキャンして腫瘍を探す技術も開発したし、宇宙の始まりとされるビッグバンの「音」を捉えることにも成功している。

 僕たちにとって、もっと個人的に関係のあるテーマを研究したのが、医学者リヒャルト・フォン・クラフト=エビングだった。彼は、アフリカの渓谷で人類が誕生して以来のテーマに取り組み、1886年に画期的な本を世に出した。この本には、『Psychopathia Sexualis(性の精神病理、邦題『変態性欲心理』)』というラテン語のタイトルがつけられ、素人の読者が読めないように、内容の一部もわざとラテン語で書かれている。この本では、クリトリスの刺激、性欲減退、ホモセクシュアルなど、それまではあまり公にされることのなかったトピックが取り上げられている。この本に端を発する学問分野は、「性科学」と呼ばれている。

【参考記事】セックスとドラッグと、クラシック音楽界の構造的欠陥

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ベトナム次期指導部候補を選定、ラム書記長留任へ 1

ビジネス

米ホリデーシーズンの売上高は約4%増=ビザとマスタ

ビジネス

スペイン、ドイツの輸出先トップ10に復帰へ 経済成

ビジネス

ノボノルディスク株が7.5%急騰、米当局が肥満症治
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 2
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 3
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 4
    【外国人材戦略】入国者の3分の2に帰国してもらい、…
  • 5
    「信じられない...」何年間もネグレクトされ、「異様…
  • 6
    週に一度のブリッジで腰痛を回避できる...椎間板を蘇…
  • 7
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 8
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 9
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 10
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 7
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 8
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 9
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 10
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中