私と同様、この「報道の自由度ランキング」に違和感をもったジャーナリストは少なくなかったようである。テレビではテレビ朝日の報道ステーションで後藤謙次(元共同通信社記者)が「実感がない」とコメントし、Yahoo!ニュースでは江川紹子(元神奈川新聞記者)が「ピンとこない」と書いた。江川はメディア総合研究所編『放送中止事件50年』(花伝社)を引いて、現在よりもはるかに露骨な権力の報道介入が戦後もくり返されてきたことを指摘している。

 また、二〇一六年五月四日付『朝日新聞』の「天声人語」も、このランキングで中国政府が言論弾圧を行っている香港(六九位)よりも日本の方が低いことに「驚いた」といい、「西欧中心の見方ではないかと思う」と疑念を呈している。だが、このコラムは次のように結ばれている。

 

 それにしても、昨今の自民党議員らによる居丈高な物言いは、やはり常軌を逸している。担当相が放送局に電波停止をちらつかせ、議員が報道機関を懲らしめる策を勉強会で披露する。あの種のふるまいがなければ、日本がここまで評判を落とすことはなかっただろう。

「あの種のふるまい」、すなわち「自民党議員らによる居丈高な物言い」がランキング下落の原因だという推定は、おそらく正しい。というのも、「報道の自由度ランキング」は当該国の専門家へのアンケートによる質的調査と「ジャーナリストに対する暴力の威嚇・行使」のデータを組み合わせて作成される。「専門家」とは報道関係者、弁護士、研究者などであり、彼らが前年比で報道の自由を実感できたか否かが大きなポイントとなる。なるほど、安倍政権のメディア対応は専門家の心証を害するものであろう。

体感自由と内閣支持率政治

 その意味では、ジャーナリズムの「空気」、そこで生まれる「体感自由」度が大きく順位を左右している。体感自由とは体感治安から私が造った言葉である。体感治安は現実に発生した犯罪認知件数や検挙数とは別に、人々が日頃抱いている治安イメージである。日本は現在も最も安全な国の一つだが、「治安が悪化している」と感じている国民は少なくない。未成年者による殺人事件がセンセーショナルに報じられる一方、統計的に見れば少年の重大犯罪は減少している。その意味では、体感治安の悪化は犯罪ドラマや事件報道を含めメディア接触が生み出したものということができる。

 メディアの影響が大きいという点では、内閣支持率ともよく似ている。小泉純一郎内閣以後、「内閣支持率が二〇%を割れば政局」という公式にしたがって内閣は交代してきた。その際、世論調査報道が果たした役割は極めて大きい。安倍内閣の支持率(二〇一六年八月現在、NHK調査で五三%、朝日新聞調査四八%)は高止まりしているので、ここでは二〇一二年の野田佳彦内閣の内閣支持率報道を確認しておこう。二〇一二年八月六日付『朝日新聞』の見出しは「内閣支持 最低22% 本社世論調査」「自民党幹部 『独自に不信任案も』」と「政権、危険水域」を強調した。そして、内閣支持率が二〇%を割ると同一〇月二二日付で「内閣支持18% 最低更新」「本社世論調査 解散『年内に』49%」と打って、実質的に野田内閣へ引導を渡している。

 こうした世論調査を電話で受けた経験があれば説明の必要もないだろうが、突然かかってくる電話で即答された「世論」はときどきの国民感情ではあっても、政治的意見とよべるものではない。明日のニュース次第では「支持」が「不支持」に変わるような政治的気分なのである。こうした数値を新聞やテレビがストレートに利用することは、むしろ内閣支持率が高いときに問題となる。メディアに対して安倍内閣が高圧的に臨んでいるのも、高い内閣支持率を背景にしているからに他ならない。この状況でジャーナリズムの「体感自由」度が低下するのは必然である。

 こうした世論調査報道は内閣支持率の数値だけで複雑な因果関係の考察を中抜きする「ファスト政治」をさらに加速している。知性を中抜きする自動化システムは、内閣支持率で動く政局だけでなく、視聴率で決まるテレビ番組編成、偏差値ランキングで決める大学選びまで社会全体に蔓延している。こうしたシステムに「不自由」を感じるのは自然である。

 世論調査の数字が単独の点(ポイント)で意味をもたないように、「報道の自由度ランキング」も順位そのものではなく変動の線(ライン)として読むべきである。日本の順位は二〇〇三年(小泉純一郎内閣)の四四位、二〇一〇年(鳩山由紀夫内閣)の一一位、二〇一六年(安倍晋三内閣)の七二位と大きく変動するが、この時期に「ジャーナリストに対する暴力の威嚇・行使」の量的拡大やメディア法制に大きな変化があったわけではない。つまり、この変化の要因は専門家の体感自由、主にメディア報道に由来する印象に大きく左右されているわけである。二〇〇九年と一〇年は報道の「自由度が高く」、その前後の八年と一二年も「比較的高い」と高評価されているが、この時期はすっぽり民主党政権期に重なる。鳩山内閣、菅内閣、野田内閣とも内閣支持率は急速に低下、低迷しており、新聞もテレビも「自由に」政権批判を全面展開できた。ジャーナリストの体感自由が高まったのは当然かもしれない。

 もちろん、民主党政権で体感自由が高まった理由はそれだけではない。民主党は記者会見のオープン化を公約化していたので、一部官庁での会見には記者クラブ加盟社に所属しないフリージャーナリストの出席も可能になった。民主党政権下で記者クラブが自由化されたわけではないが、専門家が自由化への期待を抱いたことも確かだろう。ただし、記者クラブ体制が大きく変化したわけではない。それは記者クラブを軸に「政・官・業」と報道の癒着を告発する牧野洋『官報複合体』(講談社・二〇一二年)が、民主党政権末期に刊行されていることでも明らかである。また、二〇一二年一二月の自民党政権復帰によって記者会見のオープン化がすべて撤回されたわけでもないのである。