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日本版「キンドル・アンリミテッド」は、電子書籍市場の転機となるか

2016年8月6日(土)10時50分
鎌田博樹(EBook2.0 Magazine)

<アマゾンの電子書籍「定額制」サービス、キンドル・アンリミテッド(Kindle Unlimited)が、ようやく日本でスタートした。この新サービスは、出版と出版社にこれから何をもたらすのか>

 キンドル・アンリミテッド(Kindle Unlimited)は、「定額制」という、ほぼデジタルに固有のビジネスモデルを導入した。単品販売では印刷本との価格比較が問題になり、在来出版社にとっての足枷として残っているが、定額制は新刊としての需要が一巡したあとのコンテンツの資源化が中心で、発想を変える必要がある。ことによると、これが日本のE-Book市場の転機となるかもしれない。

「書物の秩序」と本のエコシステム再建に期待

 近年、国内の意欲的なサービスや製品もあまり見なくなったが、デジタル化が止まったわけではなく、市場はもっぱらマンガにおいて自律的に拡大している。出版の売上が年間5%以上縮小していく中で、出版社はカタログ在庫の商品を売れるチャネルに流すという当然のことをするしかない。

 アマゾンへの当初の抵抗感が消えていったのは、やはりマンガを通じて、書店向けでは再商品化しても利益が出ない、事実上の死蔵在庫リストが現実におカネになることが納得されたからだ。しかし、著者・読者が喜ぶことをしたことに自信を持つべきだろう。書店は著者・読者より優先されるべき存在ではない。

 キンドル・アンリミテッド(KU)が現在の出版ビジネスにおいて重要な役割を果たすとすれば、それは既刊本の動きを活性化させることだろう。出版の荒廃が進む中で、新刊→再版のサイクル、店頭在庫、古書までを含めた伝統的秩序が乱れ、長く読まれるべき本がますます入手困難になっている。デジタル化もされず、再版もされず、古書店でも取引されない、という状態はまともではない。

 出版の大きな役割の一つは「過去の豊かな知的資産の維持管理」であり、それが痩せ細れば読者の知的レベルは低下し、新刊の発行への制約は大きくなる。書籍は単独ではなく、ネットワークにおいて生まれ、読書も市場もそれを背景に発展するものだが、残念ながら社会が伝統的に持っていたアナログのネットワークがデジタルに移行することなく、多くは増刷も在庫もされず、廃棄されている。

 出版社は、新刊点数を増やし続け、書店のスペースを「長く読まれるべき本」から「短期の廃棄プロセスにある本」に明け渡していった。かけるお金も時間も減らしているので新刊の内容は薄くなっている。ざっとこの30年余りに進んだ出版の質的荒廃はすさまじいものだ。1970年代までの人気作家の小説をセットで読むことなどはほとんどできない。

 KUは何より、長く読まれるべき絶版本を復活させるために使われるべきだと思う。それによって印刷本の需要開拓と効率的な増刷(あるいはオンデマンドでの提供)の方法も見つかるだろう。人口が減少する社会の文化は自閉的になる。1970年代までの文化遺産は「読み放題」に最もふさわしいコンテンツを提供する。それこそ若い世代に読んでほしいものでもある。E-Bookは最もコストの安いコンテンツ/商品管理の手段だ。

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