最新記事

オバマ広島訪問

【特別寄稿】TBSアナ久保田智子「私の広島、私達のヒロシマ」

2016年5月24日(火)11時30分
久保田智子(TBSアナウンサー)

広島とヒロシマの間で

 アナウンサーになった私はますますヒロシマを語ることを期待され、演劇や映画をみたり、漫画や本を読んだりしてヒロシマを知ろうとしたこともあります。原爆被害に苦しむ激しい描写の物語を見るたびに、怖い、逃げたいという恐怖心を掻き立てられました。度々登場する大きなきのこ雲のイメージは原爆のアイコンとなり、まるでパブロフの犬のごとく、きのこ雲を見ると「被爆」「怖い」「ヒロシマ」といった言葉が想起されるようにもなりました。でもそこに、あの体育館で感じたようなヒロシマのリアリティーを感じません。むしろ、リアルそうな表現や言葉によってリアリティーはどんどん失われていくような気さえするのです。

 一方で、シンプルで、時に支離滅裂な表現であっても、被爆者の実感のある言葉は、他者のどんなに意匠を凝らした表現をも凌駕するリアリティーがあります。被爆した人の多くは原爆投下の瞬間、何も見えなくなった、眩しくなったと話します。原爆のアイコンであるきのこ雲を見て、原爆を認識する私達は、被爆者との圧倒的な距離を自ら認めているのです。写真や映像で見るきのこ雲の姿は、被爆者の視線からは決して捉えられません。むしろアメリカの撮影したものによる、アメリカ側の視線に立った見方のような気すらするのです。私達は被爆者の伝える広島からこそ、私達のヒロシマを見つけないといけないのです。

リアリティーを語り継ぐ

 広島では「被爆の実相に触れてほしい」という表現をよく耳にします。「実相」とは他の場ではあまり使われない言葉のように感じますが、原爆投下から10年後の1955年に『原爆の実相』(柴田重暉著、文化社)という本が出版されているなど、かなり前から広島では「実相」が使われてきました。「実相」を広辞苑で調べると「実際の有様。真実の姿」とあります。もともと仏教用語で「現象界の真実の姿」とあり、つまり感覚によって捉えられる世界の真実の姿です。被爆したときの感覚によって捉えられた世界は、私達も感覚で受け止め、そして、誰かのリアリティーではなく、自分のリアリティーにしていかなくてはいけないのだろうと思います。戦後70年を超えました。私達は原爆に実感を持っている人たちのリアリティーと真摯に向き合う最後のチャンスを迎えています。

【参考記事】安倍首相の真珠湾献花、ベストのタイミングはいつか?

 そんななか発表されたオバマ大統領の広島訪問。オバマ大統領と被爆者の面会が実現するかどうかについては否定的な報道が目立ちます。せっかくの機会を無駄にして欲しくないと切に願います。それはオバマ大統領が広島に来てくれることを心から喜んでいる被爆者が蚊帳の外にされることを避けたいという気持ちと同時に、被爆者と触れ合うことでこそオバマ大統領は世界にヒロシマを語りうると思うからです。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

利上げで経済界に一定の影響考えられる、注視したい=

ビジネス

商船三井、社長に田村専務が昇格へ 「次世代見据えた

ビジネス

ドル156円台に上昇、日銀の利上げ決定後上下

ビジネス

日銀、0.75%への利上げを決定 30年ぶり高水準
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 2
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末路が発覚...プーチンは保護したのにこの仕打ち
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    中国の次世代ステルス無人機「CH-7」が初飛行。偵察…
  • 6
    ゆっくりと傾いて、崩壊は一瞬...高さ35mの「自由の…
  • 7
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 8
    おこめ券、なぜここまで評判悪い? 「利益誘導」「ム…
  • 9
    9歳の娘が「一晩で別人に」...母娘が送った「地獄の…
  • 10
    円安と円高、日本経済に有利なのはどっち?
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 6
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 9
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 10
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中