最新記事

米中関係

米大使が見たスパイ映画並みの中国政治

2012年7月3日(火)17時14分
メリンダ・リウ(北京支局長)

 その後ほどなく、ロックは一旦政界を離れてシアトルの法律事務所に加わった(身の危険を感じたことが原因ではないと、本人は述べている)。しかし09年にオバマ政権が発足すると、商務長官に就任。昨年夏、ジョン・ハンツマン前駐中国大使の退任に伴い、その後任となった。

「(最近亡くなった)父が生きていれば、息子がアメリカの代表として祖先の地に戻ることを誇らしく思ったに違いない」と、ロックは言う。

 もっとも、ロック自身がそれよりうれしかったのは、妻と3人の子供たちが自分のルーツの国での生活を経験することだった。「家族全員が(中国赴任を)胸躍る冒険と感じて楽しみにしていた」

 王立軍事件は、大使に着任したばかりのロックと米中関係にとって試練の始まりでしかなかった。2カ月半ほど後に待っていたのが、もっと慎重な対処が必要とされる陳光誠事件だった。

 山東省の自宅に軟禁されていた盲目の人権活動家・陳光誠が中国当局の監視員の目を盗んで脱出したのは、4月22日夜。その後、陳は北京に向かい、派手なカーチェイスの末、アメリカ大使館の敷地に逃げ込んだ。陳は逃走中に何度も壁から転落し、左脚を3カ所骨折したほか、内臓からも出血していた。休暇でインドネシアに滞在していたロックは、またしても北京の大使館に呼び戻された。

 当初、陳は出国を望んでいなかった。陳の希望は「普通の生活」を送ること。そのために、温家宝(ウエン・チアパオ)首相に公開書簡を送り届けたいとのことだった。ロックは支援を約束した。

 陳が本誌に語ったところでは、中国語ができる大使館員に口述筆記させる形で書簡を作成したという。この書簡で陳は、地元当局が陳一家に暴力的な行動を取っていると訴え、中央政府に調査を求めた。アメリカ側は直ちに、書簡を温に届けた(中国側は書簡に関してコメントを拒否)。

 陳の告発は地方政府を糾弾する内容で、中国の中央政府を非難したわけではなかったが、米中両国の政府にとって厄介な問題であることに変わりはなかった。この翌週にヒラリー・クリントン米国務長官が訪中し、中国側高官と会談する予定になっていたのだ。

 また、この事件は、89年の天安門事件の後、反体制派天体物理学者の方励之(ファン・リーチー)がやはり米大使館に駆け込んだ一件を連想させた。そのときは、外交的な話し合いがまとまって方と妻が国外に脱出するまでに1年余りを要し、結論が出るまでの間、夫妻は米大使館内で生活した。

 いくつかの点で、陳と米当局の間に意見の対立があった。陳は米大使館を拠点に自分の窮状を声高に訴えたいと考えていた。ある米当局者によると、陳は大使館を「海賊放送局」のように用いたいと言ったという。米政府は、クリントン訪中を台無しにしないために、穏便な処理を望んでいた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 4

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 9

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 10

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中