最新記事

エネルギー

ドイツの「脱原発」実験は成功するか

原発を捨て、経済力を維持したまま自然エネルギーに移行する──それができるとすればドイツしかないが

2011年6月2日(木)16時55分
デービッド・ロー

福島エフェクト メルケルは物理学者でもあるが、政治家として決断を下した Johannes Eisele-Reuters

 物理学者でもあるドイツのアンゲラ・メルケル首相は、普通の政治家より原子力発電のリスクを冷静に判断している。福島第一原発の事故の前後で、ドイツ国内の原発17基の危険性が変わったわけではないと分かっている。

 しかし政治家としては、原発のリスク判断を変えざるを得なかった。メルケルは5月30日、早急な原発廃止を求める国民の要求に応え、国内のすべての原発を2022年まに全廃すると発表した。ドイツはこれで、1986年のチェルノブイリ原発事故後に国内すべての原子炉を停止したイタリア以降、先進国としては初めて、脱原発に向かう国となる。

 ドイツでは現在、原子力が電力供給の約4分の1を占め、製造業が牽引する国の経済を支えてきた。その原発停止で失われる電力の大半は、風力や太陽光など再生可能エネルギーで代替していくという。

 ドイツの試みは、クリーンエネルギーへの道を模索する世界にとって、極めて重要な「実験」になると専門家たちは指摘する。ドイツは既に、経済力を維持しながら「エコ国家」になることに成功している。そのペースについては激しい議論が行われてきたものの、クリーンエネルギーへの移行は政治的合意も取れている規定路線。国民の間でもクリーンエネルギーへの支持は大きく、原子力への不信感は昔から根強い。

インドや中国のエネルギー政策への試金石

 そういった素地が整っているドイツが脱原発に失敗すれば、世界に悪いメッセージが示されることになると、ドイツ外交政策協会研究所のマルセル・ビートル(エネルギー・環境問題専門)は言う。

「(原子力から再生可能エネルギーへの)移行は可能だという先例と、その方法を示す歴史的なチャンスだ」とビートルは言う。「国家としての競争力を損なわず、経済成長の妨げにならずに実現することは可能なのか? 堅調な成長を減速させたくないと考える中国やインドなどの新興国にとっては重要な問題だ。もしわれわれが失敗したら、誰が同じ道を進もうとするだろう。失敗すれば世界レベルで悪影響をもたらす」

 ドイツ国民の多くも、今回の試みを「賭け」だと思っている。メルケルにとって脱原発を宣言することは、これまでの政策を180度転換させる「大きな挑戦」だ。メルケルは昨年、既存原発の稼動年数を平均12年延長する決定を下したばかりだった。

 現在のドイツは電力供給の約23%を原子力に頼っており、再生可能エネルギーは17%、石炭火力は50%、天然ガス火力は13%だ。今後の目標は、2020年までに再生可能エネルギーの比率を35%に引き上げること。移行期の原発停止による不足分は、天然ガス火力を増やすことで補う考えだ。

 5月30日、メルケルはこの計画を「エネルギー革命」だと絶賛した。これは未来の世代にとって「大きなチャンス」であり、ドイツを国際舞台の主役に押し上げるだろうと彼女は語った。

 全体的としては、ドイツは今後10年間での自然エネルギーへの移行計画に前向きなようだ。メルケルにとっては脱原発への路線変更になるが、彼女の前任者ゲアハルト・シュレーダー首相(当時)が2000年に打ち出した段階的な原発廃止計画に立ち返っただけともいえる。

「現実的で、実現可能な計画だ」と、ドイツ経済調査研究所のエネルギー・交通・環境部門を率いるクラウディア・ケムフェルトは言う。「多くの企業が同意した(シュレーダー時代の)脱原発路線に戻ることになる」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

川崎重社長、防衛事業の売上高見通し上振れ 高市政権

ワールド

米16州、EV充電施設の助成金停止で連邦政府を提訴

ワールド

中国最新空母「福建」、台湾海峡を初めて通過=台湾国

ワールド

ウクライナ安全保証、西側部隊のロシア軍撃退あり得る
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を変えた校長は「教員免許なし」県庁職員
  • 4
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 5
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 6
    「住民が消えた...」LA国際空港に隠された「幽霊都市…
  • 7
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 8
    【人手不足の真相】データが示す「女性・高齢者の労…
  • 9
    FRBパウエル議長が格差拡大に警鐘..米国で鮮明になる…
  • 10
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 6
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 7
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 8
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 9
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 10
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中