最新記事

エネルギー

ドイツの「脱原発」実験は成功するか

2011年6月2日(木)16時55分
デービッド・ロー

 とはいえ、この計画を実現させるには、電力網の拡大や、電力の需給を自律的に調整できる送電網「スマートグリッド」の導入といったインフラの抜本的な見直しを迅速に行う必要があると、専門家は指摘する。風力などの発電施設を大量に新設する際に予想される「うちの近所には作るな」という反発にも備えなければならない。

 当然ながら、電気料金が上昇する可能性への懸念も浮上している。新たなインフラと火力発電所を整備するために、一定の値上げが必要なことは、政府も認めている。

政治的動機に駆られた拙速な判断との批判も

 問題は、電気料金の値上げがドイツ経済に与える影響だ。ドイツ経済は、自動車や機械といったドイツの代表的な工業製品を製造する巨大な工場に支えられており、膨大なエネルギーを必要としている。

 政府はエネルギー需要の大きい業界に対し、電気代上昇の埋め合わせとして5億ユーロを拠出するとしているが、連立与党の一角をなす産業界寄りの自由民主党からはあまりに小規模な支援だと非難の声も上がっている。

 自然エネルギーへの移行に長い時間と柔軟性を求めていた産業界は、2022年までに原発を全停止させるという杓子定規な計画に愕然としている。

 ドイツ産業連盟のハンス・ペーター・カイテル会長は、政治的な都合で脱原発を急ぐ政府のやり方は、ドイツのエネルギー供給や温室効果ガスの削減目標、経済成長や雇用を危険にさらすと指摘する。「原子力利用の最終的かつ撤回不可能な終焉を、他に例を見ない拙速さで決めた背景に政治的な動機があるのは明らかだ。原発停止による電力の不足を石炭火力と天然火力の増加でまかなうため、地球温暖化防止の目標を達成することは一段と困難かつコスト高となる」

 原子炉1基につき1日100万ユーロを稼ぎ出すドイツ国内の4つの電力会社にとっては、一連の流れは最悪の事態だ。彼らは政府に対する法的措置も検討している。

 一方、脱原発の推進派は、自然エネルギーへの移行がドイツにとって大きなチャンスになる、という明るい未来を描いている。彼らに言わせれば、クリーンエネルギーこそ未来の姿であり、短期的なデメリットはあるとしても、早い時期に自然エネルギーに乗り換えるほうが経済的にプラスになるという。「リスクよりも経済的なチャンスのほうが大きい。今後10年間に行われる数千億ユーロ規模の投資がドイツに価値と雇用をもたらすからだ」と、ケムフェルトは言う。

 ドイツ外交政策協会研究所のビートルも同じ意見だ。「ドイツ経済は新たな状況に適応しなければならないが、恐れる必要はない。新興企業が成功するかもしれないし、旧来の企業が形を変えて生まれ変わるかもしれないが、長い目で見れば産業界にプラスとなる決断だ」

GlobalPost.com特約

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

北朝鮮、日中韓首脳宣言に反発 非核化議論「主権侵害

ビジネス

独IFO業況指数、5月横ばいで予想下回る 改善3カ

ワールド

パプアニューギニア地滑り、2000人以上が生き埋め

ビジネス

EU、輸入天然ガスにメタンの排出規制 30年施行
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:スマホ・アプリ健康術
特集:スマホ・アプリ健康術
2024年5月28日号(5/21発売)

健康長寿のカギはスマホとスマートウォッチにあり。アプリで食事・運動・体調を管理する方法

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発」で吹き飛ばされる...ウクライナが動画を公開

  • 2

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像をウクライナが公開...シャベルで応戦するも避けきれず

  • 3

    「なぜ彼と結婚したか分かるでしょ?」...メーガン妃がのろけた「結婚の決め手」とは

  • 4

    カミラ王妃が「メーガン妃の結婚」について語ったこ…

  • 5

    少子化が深刻化しているのは、もしかしてこれも理由?

  • 6

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 7

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 8

    黒海沿岸、ロシアの大規模製油所から「火柱と黒煙」.…

  • 9

    エリザベス女王が「誰にも言えなかった」...メーガン…

  • 10

    胸も脚も、こんなに出して大丈夫? サウジアラビアの…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発」で吹き飛ばされる...ウクライナが動画を公開

  • 3

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気を失った...家族が語ったハマスによる「拉致」被害

  • 4

    「なぜ彼と結婚したか分かるでしょ?」...メーガン妃…

  • 5

    ウクライナ悲願のF16がロシアの最新鋭機Su57と対決す…

  • 6

    黒海沿岸、ロシアの大規模製油所から「火柱と黒煙」.…

  • 7

    戦うウクライナという盾がなくなれば第三次大戦は目…

  • 8

    能登群発地震、発生トリガーは大雪? 米MITが解析結…

  • 9

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像を…

  • 10

    「天国にいちばん近い島」の暗黒史──なぜニューカレ…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中