最新記事

エネルギー

福島の事故で原発産業は終わったか

我々は滅多にないが衝撃的な事故に目を奪われ、地味だがより大きなリスクを軽視しがちだ

2011年3月17日(木)16時22分
スティーブン・ウォルト(ハーバード大学ケネディ行政大学院教授=国際関係論)

静かな危機 温暖化で漂流してきたグリーンランド沖の氷山 Bob Strong-Reuters

 日本を襲った巨大地震と津波の破壊の凄まじさには胸が痛む。できるだけ多くの義援金を寄付するべきだ。地震と津波の直接の爪あとは見るからに明らかだが、ニューヨーク・タイムズ紙はもっと重大な長期的影響の可能性を指摘している。全発電量に占める原子力発電のシェアを上げることで地球温暖化を防ぐ計画が頓挫することだ。

 基本的な構図は単純だ。温暖化を防ぐには唯一、温室効果ガスの排出を減らすしかない。それは同時に化石燃料への依存を減らすことだ。省エネや燃費向上、風力発電のような自然エネルギー利用も役には立つが、それだけで温暖化を防ごうと思えば生活水準を大幅に切り下げなければならなくなる。

 だからこそ、エネルギー需要の将来予測には、アメリカも含む多くの国がもっと原発依存を高めることを前提としたものが多くなっている。そのほうが現実的だからだ。もちろん原発だけで温暖化問題を解決できるわけではない。だがもし原子力発電強化という選択肢がなくなれば、手遅れになる前に温暖化を食い止めるのはより困難になる。

 福島第一発電所の惨事で、原発を前提とした温暖化対策が大きな壁にぶつかるのは間違いない。もしかすると、原発建設そのものが不可能になるかもしれない。最低でも、新たな原発建設の認可を得るのははるかに難しくなるだろう。原発の立地は今でさえ、原発の必要性はわかるが自宅の近所はイヤだという各論反対派の強い反発に悩まされている。

テロより入浴のほうが危ない

 だとすれば、原発建設に要するコストは増加し、多くの国では原発推進が政治的に不可能になるだろう。スリーマイル島原発事故の記憶をもつアメリカではとくにそうだ。

 だが、こうした反原発の姿勢は理にかなわない。原子力発電の是非は本来、そのコストとリスクを他の発電方法のコストとリスク、さらに地球温暖化がもたらす長期的なコストとリスクを徹底的に比較した上で判断しなければならない。

 だが、人間の心と民主主義のプロセスがいつも合理的な結論を導き出すとは限らない。我々は、原発事故のように稀だが衝撃的な事柄のほうをより心配する傾向がある。一方、より大きなリスクでも日常に溶け込んだものは軽視しがちだ。だから、高速道路での事故や入浴中に転ぶことよりテロ攻撃を恐れる。どちらの被害に遭う可能性が実際高いかといえば前者のほうなのに。

 従って、何千人もの犠牲、何十億ドルもの建物の損失、世界経済への悪影響に加え、我々は気候変動による将来損失がこれまでの想定より大きくなる可能性を覚悟すべきだ。うまくいけば聡明な指導者が、極めて厳しい省エネを徹底するか、あるいは思慮深い原発推進(やその他の代替エネルギー開発)を進めてくれることもあるかもしれない。その可能性は極めて低いと思うが。

Reprinted with permission from Stephen M. Walt's blog 2011 by Washingtonpost.Newsweek Interactive, LLC.

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:トランプ氏なら強制送還急拡大か、AI技術

ビジネス

アングル:ノンアル市場で「金メダル」、コロナビール

ビジネス

為替に関する既存のコミットメントを再確認=G20で

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型ハイテク株に買い戻し 利下
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ暗殺未遂
特集:トランプ暗殺未遂
2024年7月30日号(7/23発売)

前アメリカ大統領をかすめた銃弾が11月の大統領選挙と次の世界秩序に与えた衝撃

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理由【勉強法】
  • 2
    BTS・BLACKPINK不在でK-POPは冬の時代へ? アルバム販売が失速、株価半落の大手事務所も
  • 3
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子どもの楽しい遊びアイデア5選
  • 4
    キャサリン妃の「目が泳ぐ」...ジル・バイデン大統領…
  • 5
    地球上の点で発生したCO2が、束になり成長して気象に…
  • 6
    カマラ・ハリスがトランプにとって手ごわい敵である5…
  • 7
    トランプ再選で円高は進むか?
  • 8
    拡散中のハリス副大統領「ぎこちないスピーチ映像」…
  • 9
    中国の「オーバーツーリズム」は桁違い...「万里の長…
  • 10
    「轟く爆音」と立ち上る黒煙...ロシア大規模製油所に…
  • 1
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラニアにキス「避けられる」瞬間 直前には手を取り合う姿も
  • 2
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを入れてしまった母親の後悔 「息子は毎晩お風呂で...」
  • 3
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」、今も生きている可能性
  • 4
    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…
  • 5
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理…
  • 6
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子…
  • 7
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 8
    「失った戦車は3000台超」ロシアの戦車枯渇、旧ソ連…
  • 9
    「宇宙で最もひどい場所」はここ
  • 10
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った…
  • 1
    中国を捨てる富裕層が世界一で過去最多、3位はインド、意外な2位は?
  • 2
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った猛烈な「森林火災」の炎...逃げ惑う兵士たちの映像
  • 3
    ウクライナ水上ドローン、ロシア国内の「黒海艦隊」基地に突撃...猛烈な「迎撃」受ける緊迫「海戦」映像
  • 4
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 5
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラ…
  • 6
    韓国が「佐渡の金山」の世界遺産登録に騒がない訳
  • 7
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを…
  • 8
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」…
  • 9
    メーガン妃が「王妃」として描かれる...波紋を呼ぶ「…
  • 10
    「どちらが王妃?」...カミラ王妃の妹が「そっくり過…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中