最新記事

仏社会

フランスのブルカ禁止には大賛成

仏下院が「ブルカ」を禁じる法案を可決。米国務省が異例の非難を行ったが、宗教の自由はそこまで尊重されるべきなのか

2010年7月28日(水)18時52分
ジャン・レッシュー(フランス人ジャーナリスト)

顔が見えない イスラム女性のベール「ニカブ」を着用して車を運転していたとして罰金を課されたフランスの31歳女性(ナント、6月28日) Stephane Mahe-Reuters

 友好的な民主主義国家が下した法律上の決定を、外国政府が非難するなど極めてまれなことだ。

 7月13日、イスラム教徒の女性が顔や全身を覆うベール「ブルカ」など――「携帯する女性の監獄」と表現した人もいた――を公共の場で着用することを全面的に禁止する法案をフランス下院が可決した。これについて米国務省は14日、正式に非難のコメントを出した。

「宗教的信念に基づき人々が何を着ていいか、何を着てはいけないかを法律で定めるべきではないと思う」と、国務省報道官のフィリップ・クラウリーは声明を発表した。

 おまけにロサンゼルス・タイムズ紙やナショナル・パブリック・ラジオ、さらには普段はフランスのやり方を賞賛してばかりの右派のコメンテーターまで、フランスの「愚かな」決定に異議を唱えた。ロサンゼルス・タイムズの社説は、仏政府がイラン政府に匹敵するとまで述べた。首都テヘランの若者の間で流行しているポニーテールなどの「退廃的な西洋のヘアスタイル」を禁じた独裁政権と何ら変わりがないではないか、と。

 右派のトーク番組司会者グレン・ベックや信心深いアメリカ人は、こうした動きに安心したに違いない。彼らが「無神論者に洗脳された人物」とみなすバラク・オバマでさえ、やはり「我らは神を信ずる」と貨幣に刻印されるような国アメリカの大統領なのだ、と。

 普遍的な人権という名の下、イラクやアフガニスタンに侵攻することもいとわないアメリカは何と不思議な国だろう。そして古くからの同盟国で、同じく「自由民主主義国家」で、自由、平等、博愛の3本柱の上に築かれた世俗主義国家フランスが他のどんな宗教にも見られないような女性に差別的な習慣ブルカに立ち向かおうとしている時に限って、アメリカは理不尽な警告を発してくる。

男性医師の診察禁止や石打ち刑も認めるべきでは?

 確かにブルカは自らの宗教を表現する手段の1つだ。そして宗教的表現や信仰の自由は、アメリカのように「神に選ばれた国」では侵してはならない神聖なものだ。

 だが、もし公共の場からブルカを追放できないというのなら、もし信仰の自由がそれほど不可侵の教義だというのなら、ついでに、今フランスの公立病院に広がりつつある宗教的慣習も正式に認めてはどうか。たとえ命にかかわる事態でも、男性医師はイスラム教徒の女性に話しかけたり、体に触れてはいけないという決まりだ。

 あるいは赤字続きの市営スイミングプールで、イスラム女性限定の開館時間を設けるとか? ユダヤ人男性限定、クエーカー教徒の子供限定、太陽崇拝の地球外生命体限定、ニューヨーク・ヤンキースのファン限定の時間なども作っては?

 不貞を働いた女性に対する石打ち刑による「名誉殺人(家の名誉が汚されたとして男性が妻や娘、姉妹などの女性を殺すイスラム教圏の習慣)」も、信仰や表現の自由の名の下に容認してはどうか?

 泥棒の手や頭を切り落とすことは? 裸で外を歩いたり、ビーチで女性がトップレスになったり、レストランで喫煙したり、黒人過激派の集会で白人至上主義団体KKK(クー・クラックス・クラン)の格好をしたり、いくらでも考えられる。

 なぜこれらが許されないのか? 信仰や表現の自由を尊重するよりずっと重要なことがあるからだ。それは民主主義社会の基本となる普遍的価値、合意と呼ばれるもの。顔をすっぽり覆い隠すことは、この価値とは相容れない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

独IFO業況指数、12月は予想外に低下 来年前半も

ビジネス

EU、炭素国境調整措置を強化へ 草案を正式発表

ワールド

インドネシア中銀、3会合連続金利据え置き ルピア支

ワールド

戦略的互恵関係を推進、国会発言は粘り強く説明=日中
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を変えた校長は「教員免許なし」県庁職員
  • 4
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 5
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 6
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 7
    「住民が消えた...」LA国際空港に隠された「幽霊都市…
  • 8
    【人手不足の真相】データが示す「女性・高齢者の労…
  • 9
    FRBパウエル議長が格差拡大に警鐘..米国で鮮明になる…
  • 10
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 10
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中