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イタリア

ベルルスコーニは退場せよ

2009年12月16日(水)14時49分
クリストファー・ディッキー(パリ支局長)

「葬り去られたのは『いなくてはならない』政治家ばかりだった」と、ベルルスコーニは06年に本誌に語っている。「だが(政治的な危機から脱するためにはベルルスコーニ以外の)選択肢はなかった」。だから中道派の有権者に「自分たちの過去への尊厳と未来への希望」を与えたかったのだ、と。

 実業家であるベルルスコーニは政治家らしくない政治家になった。政府に対する不信と納税への嫌悪は、イタリア経済の原動力である中小企業の経営者に受けが良かった。労働者階級のなかでも、移民が近所に住んで職を奪い合うことを恐れた人々の代弁者になった。

 一方、既に硬直化していた左派は権力を中傷し、イタリア社会が過去のものと見なしていた社会正義の理想主義に固執した。イタリアを21世紀に向けて前進させられる人がいるとしたら、ベルルスコーニがその人だと思えた。国民は彼に「騎士」の愛称さえ与えた。

 その意味で、ベルルスコーニが犯した最大の罪は、法的には起訴できない。その罪とは当初の期待を裏切ったことだ。

 彼はローマ帝国末期の皇帝のように、社会の弱点に付け込み、財政の浪費をとがめようとせず、ほぼあらゆるレベルで無責任さを助長してきた。ベルルスコーニがイタリアの父なら、子供に甘い菓子を与え続ける父親だ。

 誰でも税金を払いたくないとはいえ、「脱税は許してはならないが、脱税者の権利や、間違いを犯した企業の権利も守らなければならない」などと言ってのける政治家はベルルスコーニくらいだ。

 本人に言わせれば、イタリア人の望みを体現しているからこそ支持されているという。しかしベルルスコーニは、イタリア人に自分の価値観を広めようと、できる限りのことをしてきた。

女性蔑視番組でテレビ界を制す

 例えば彼の女性蔑視は、個人的な悪癖であると同時に政治的な策略でもある。「イタリア人は私に自分を重ねているのだろう」と、ベルルスコーニは最近の若者の集会で語った。「私も普通のイタリア人だ。昔は貧しかった。サッカーが好きだ。笑顔を忘れない。愛する人はたくさんいるし、何より美しい女性を愛している」

 9月のベネチア国際映画祭で上映されたドキュメンタリー『ビデオクラシー』は、80年代にベルルスコーニがお色気番組で人気を集め民放テレビの帝国を築き上げた戦略を詳細に追っている。

 当時を象徴するクイズ番組は、セクシーな主婦が、相手が正解するたびに服を脱いでいくというもの。エプロン、ゴム手袋、スカーフ。1枚ずつ床に落ちていく映像はその後数十年、イタリア女性の矮小化を助長することになる。

 今日でも、彼が所有する民放3局はもちろん、首相として影響力を行使する国営テレビ局でさえ、主婦が若い女性に取って代わられただけだ。スパンコール付きのニップレスにガーターベルト、革のTバックという姿で、熟年男性の周りにはべる。人魚に囲まれた海神ネプチューンの絵画、あるいはパーティーにおけるベルルスコーニその人を連想させる光景だ。

 ベルルスコーニの忠実な支持者はそうしたイメージがすっかり気に入っている。9月末にミラノで開かれた与党自由国民の党大会では、女性参加者までがこぞってベルルスコーニの弁護に回ったほど。彼のセックス疑惑はくだらないゴシップか、政敵によるでっち上げか、ベルルスコーニの男らしさの証しだと言うのだ。「もしそんなに女性にもてるなら、彼は本物の男だということよ」と、主婦のカーメラ・マモンは言う。

 こうした派手な見せ物から抜け落ちているのは、自分が生き残りたいという欲望以外の政治的意志だ。今のイタリアは、そんな狭量な自己中心主義で回っていくほど余裕のある状態ではない。

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