最新記事

米外交

パキスタンを叱りつける男

2009年9月1日(火)15時24分
エバン・トーマス(ワシントン支局)

 パキスタン政府側は当初、ホルブルックを警戒していたらしい。なにしろ未知数だし、強引な男という評判が先行していたからだ。だが今は、米議会に数十億ドル規模の支援策を認めさせ、パキスタン国民に人気の高いナワズ・シャリフ元首相を取り込んだ手腕を高く評価する声もある。

 ブッシュ前政権はシャリフを危険なイスラム主義者と見なし、交渉相手として認めなかった。しかしホルブルックは、先週もシャリフと電話で「雑談」を交わしたばかり。ただし、そのことをアシフ・アリ・ザルダリ大統領に報告する気遣いも忘れない。「ザルダリを裏切ることはしない」のだ。

「忍耐がないのは議会だ」

 シャリフとザルダリの権力闘争が激化した今年3月、パキスタンでは数百万人が街に繰り出し、軍部の介入も危惧される状況だった。このときホルブルックは猛然と電話をかけまくり、バラク・オバマ大統領やヒラリー・クリントン国務長官、マイク・マレン統合参謀本部議長らを動かして、パキスタン政府に圧力をかけた。

 以来、シャリフとザルダリは和解のポーズを見せている。今回、ホルブルックがイスラマバード市内を車で移動するときもまったく混乱はなかった。

 ホルブルックは現地メディアの取材にも手際よく応じ(先に現地の反米的な報道を批判するコメントをして逆襲に遭った経験から学んだようだ)、国内避難民との会合では12歳の少女に礼儀正しく、そして辛抱強く耳を傾けた。

 その晩、ザルダリ主催の夕食会に向かう車中で、筆者はホルブルックに尋ねた。この任務には忍耐力が必要だが、自信はあるか、と。「忍耐力がないのは私じゃない、議会だ」と彼は答えた。「議会はすぐに結果を求めてくる」

 大統領官邸に到着すると、身長190センチ近いホルブルックは、出迎えたザルダリに覆いかぶさるように抱き締めた。「あなたに会うたびに状況は少しずつよくなっている」とホルブルックが言うと、ザルダリは満面の笑みで答えた。「カルマですな。あなたがツキを運んできてくれる」

 本当に状況が改善したと実感しているのかと、私はザルダリに聞いてみた。すると彼は、500億ドルの復興支援が必要だという演説をぶち始めた。すかさずホルブルックが口を挟む。仰せのとおりだが、その資金をアメリカが出すとは思わないでくれ......。

 ホルブルックは90年代半ば、旧ユーゴスラビア紛争に終止符を打つべくセルビアのスロボダン・ミロシェビッチ大統領(当時)と協議。和平交渉に応じなければセルビアを空爆すると脅し、「ブルドーザー」の異名を取った。

 今のホルブルックはパキスタンに、タリバンへの軍事的な圧力を強めるよう求めているが、かつての強圧的な態度は影を潜めている。「相手によって、やり方を変えなくては」と彼は言う。

 もちろん、アフパック(アフガニスタンとパキスタンを合わせた地域を指す)で結果を出すという「プレッシャーは感じて」いるはずだ。それでも側近たちによれば、最近のホルブルックが威張り散らすようなことはない。「私が一緒に仕事をしてきた上司のなかでは、一番付き合いやすいタイプ」と評するのは、もう15年も前からホルブルックを支えてきた首席補佐官のローズマリー・パウリだ。

 「政府の仕事はこれが最後だ」と、68歳のホルブルックは言う。そうかもしれない。だが国務長官になるという夢を果たさぬまま、あっさり引退するタイプではあるまい。

 米政府がベトナム戦争の泥沼にはまる過程を総括したデービッド・ハルバースタムの名著『ベスト&ブライテスト』に、ある匿名の当局者がアベレル・ハリマンを「77歳にしていまだ野心を捨てない唯一の男」と評する場面がある。

 その匿名の当局者は自分だと、今にしてホルブルックは明かす。10年後に、人はこの男に同じ言葉を送るかもしれない。

[2009年8月 5日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ホンダ、次世代燃料電池モジュール新工場の稼働時期を

ビジネス

JAL、東京─ドーハの運航再開へ 羽田発は7月2日

ビジネス

ヘッジファンド、原油安でエネ株を先週売却=ゴールド

ワールド

加盟国の防衛費増額、「NATO崩壊につながる」とロ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本のCEO
特集:世界が尊敬する日本のCEO
2025年7月 1日号(6/24発売)

不屈のIT投資家、観光ニッポンの牽引役、アパレルの覇者......その哲学と発想と行動力で輝く日本の経営者たち

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 3
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。2位は「身を乗り出す」。では、1位は?
  • 4
    メーガン妃への「悪意ある中傷」を今すぐにやめなく…
  • 5
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 6
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とん…
  • 7
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 8
    自撮り動画を見て、体の一部に「不自然な変形」を発…
  • 9
    突出した知的能力や創造性を持つ「ギフテッド」を埋…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々と撤退へ
  • 3
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 4
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 5
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 6
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 7
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 8
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 9
    飛行機内で「最悪の行為」をしている女性客...「あり…
  • 10
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中