最新記事

アメリカ社会

プロ化した早食いスポーツの馬鹿らしさ

単なる余興にプロリーグができ、スポンサーやメディアを巻き込み大暴走。死人が出るまで止まらない?

2010年8月16日(月)16時35分
ウィリアム・サレタン

食のスーパーボウル 150万世帯のテレビ観戦が見込めるネイサンズのホットドッグ早食いコンテスト(7月4日、中央はチェスナット) Brendan McDermid-Reuters

 ニューヨーク市民の憩いの場コニーアイランドにあるホットドッグの老舗ネイサンズで、今年も7月4日の独立記念日に恒例のホットドッグ早食いコンテストが開かれた。しかし今年は、ちょっとした場外乱闘があった。

 かつてこの大会を6連覇した日本人の小林尊が「乱入」し、警察に逮捕されたのだ。大会の運営団体メジャーリーグ・イーティング(MLE)との契約を拒む小林には、そもそも出場資格がなかった。

 契約? 早食いのメジャーリーグ? それって何かの悪い冗談か? いや、冗談どころか真剣かつ深刻な事態なのだ。

 かつての早食い競争は単なる余興だった。各地のお祭りなどで開かれ、一般の参加者がパイの早食いなどを競うだけ。用意したパイがなくなるか制限時間になるか、あるいは参加者が降参するかで決着がついた。今は違う。そんなにのんきなものではない。

 今の早食い競争にはスター選手がいて有能なマネジャーがいる。企業スポンサーが付き、国際的な宣伝が行われ、プロのリーグが運営する。多額の金が動き、マスコミの注目度も高まったが、選手の肉体は昔と比べものにならないほど酷使されている。この異常な「競技」の増殖を、私たちは放置していいのだろうか。

 MLEと傘下の早食い競争国際連合(IFOCE)が設立されたのは13年前。最初は一種のジョークだった。創設者はジョージとリッチのシェイ兄弟。宣伝上手の彼らは連盟のモットーにラテン語で「真実は大食いにあり」と掲げ、参加するメンバーを「食道の騎士」と呼んだり、「大量消化兵器」と呼んだりしたものだ。

 しかし今のMLEはジョークの域を超えている。昨年は全部で85回の大会を開き、賞金総額は約60万ドルに達した。スポンサーにはコカ・コーラやハインツ、ピザハット、カジュアル衣料のオールド・ネイビーなどが名を連ねる。

 ネイサンズのホットドッグ早食い競争ともなれば、4万人の観客動員と150万世帯のテレビ観戦が見込める。だからスポーツ専門チャンネルのESPNは放映権料を払って、この大会を中継している。この盛況ぶりに競技を独占するMLEは自信たっぷりで、「各国の一流早食いスター」との独占契約を豪語している。

政府公認の「特殊能力」

 7月5日にCBSの番組に出演したMLE代表のリッチ・シェイは、「スーパーボウルに出る人間はNFL(全米プロフットボールリーグ)に加盟しなければならない。ネイサンズの早食い大会は早食い界のスーパーボウルだから、出場したければMLEに入らねばならない」と語った。

 つまり「契約」が必要なのだ。昔は小林もほかの選手たちも、アマチュアとしてネイサンズの早食い大会に参加していた。その後、MLEが契約を持ち出した。そして契約へのサインを拒む小林を、MLEは大会から締め出した。

 小林の説明によれば、MLEの契約の下では、MLE傘下のIFOCEが主催あるいは認定したイベントにしか参加できず、CM出演やマスコミ対応など、あらゆる活動についてIFOCEが独占的な代理人となって交渉に当たり、すべての収入の20%をIFOCEに支払うことになる。

 4日の大会で壇上に上がった小林に対し、リッチ・シェイは「プロらしくない」と批判したが、早食い選手は「プロ」の域を超えているらしい。今や早食いはアメリカ政府も認める才能の一種であるからだ。「私は最近、アメリカで『並外れた能力』を持つ人だけに発行されるビザを取得した」と小林は言う。「私の場合は、もちろん早食いの能力だ」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ウクライナ軍、ポクロフスクの一部を支配 一部からは

ビジネス

インタビュー:日銀利上げ、円安とインフレの悪循環回

ビジネス

JPモルガン、26年通期経費が1050億ドルに増加

ワールド

ゼレンスキー氏、大統領選実施の用意表明 安全確保な
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【クイズ】アジアで唯一...「世界の観光都市ランキング」でトップ5に入ったのはどこ?
  • 3
    中国の著名エコノミストが警告、過度の景気刺激が「財政危機」招くおそれ
  • 4
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 5
    「韓国のアマゾン」クーパン、国民の6割相当の大規模情…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 8
    「1匹いたら数千匹近くに...」飲もうとしたコップの…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    ゼレンスキー機の直後に「軍用ドローン4機」...ダブ…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 7
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 8
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 9
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 10
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中