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アメリカ社会

プロ化した早食いスポーツの馬鹿らしさ

2010年8月16日(月)16時35分
ウィリアム・サレタン

 しかしニューヨークのマイケル・ブルームバーグ市長は、連邦政府のお墨付きを得た特殊技能者の小林を一蹴した。ネイサンズの早食い大会に先立って出場者の体重を測定するイベントに立ち会ったときのこと。ブルームバーグはMLEのスター契約選手ジョーイ・チェスナットの傍らに立ち、出場しない小林を臆病者と断じ、この大会を「大食いワールドカップ」と呼び、「たった10分で68本のホットドッグを完食」するチェスナットをたたえた。

 市内のレストランでトランス脂肪酸を使うことを禁じ、塩分を減らすよう食品会社に圧力をかけるニューヨーク市長と同一人物とは思えない発言である。おそらくブルームバーグは、ネイサンズのホットドッグ1本にナトリウム692ミリグラムと脂肪18・2グラム(うち飽和脂肪6・9グラム、トランス脂肪0・5グラム)が含まれていることを知らないのだろう。

 コンテスト開始後30秒で、チェスナットの食べる量はアメリカ連邦政府が定めたナトリウムの許容1日摂取量を上回り、45秒以内で脂肪の1日摂取量の限界を超える。10分経過後には、望ましい脂肪摂取量(トランス脂肪酸33グラムを含む)の10〜17倍、およびナトリウムの1日摂取量の20倍を摂取することになる。市長は彼に葉巻吸い競争を勧めるべきだった。タバコのほうが、よほど害は少ない。

 ネイサンズの大会はESPNのビデオで見ることができるが、それは茶色のよだれ、飛び交う破片、かみ砕かれた食べ物の狂宴だ。出場者は指とこぶしで食べ物を喉に詰め込み、首をよじり、腹をゆすって食物を胃に落とし込む。

「食べ物を吐き出そうとする咽頭反射との戦いだ」とESPNのアナウンサーが絶叫すれば、別なアナウンサーはある選手を「活発過ぎる胆嚢と6本の臼歯に恵まれた偉大な大食い」と絶賛した。

健康に良くない生き方

 この大会を4連覇したチェスナットは、自分のテクニックをこう説明する。「胃の周辺の筋肉を緩め、伸ばすために大量の水を飲む。もっとのみ込むために体をだます。食べ物が胃を早く通過するように、何度も跳びはねるんだ」。ESPNのインタビューには「空腹感も満腹感も感じない。感じないように訓練してきた」と答えている。

 10年前まで、ネイサンズでの早食い記録は25本だった。今の記録は68本。チェスナットは、練習では72本食べたこともあるそうだ。

 こんな生き方が体によくないことは明らかだ。『食道の騎士 早食い競争と膨張したアメリカン・ドリーム』の著者ジェイソン・ファゴーンは3年前に、脳卒中やあごの損傷、窒息死、致命的な水中毒といった早食い競技の悲劇を論じている。

 「賞金とメディア露出の増加で、早食い競技出場者は肉体の限界に挑戦しようとする。彼らは膨大な量の液体で胃を膨らませ」、消化器官の麻痺を引き起こし、「胃断裂の危険を冒している」。

 その年に発表された別な調査も、「早食いのプロは最終的に病的な肥満、胃の筋肉が機能しなくなる胃不全麻痺、難治性の吐き気と嘔吐に悩まされるだろう」と警鐘を鳴らしている。MLEでさえ、参加希望者には早食い競争に「固有の危険性とリスク」を警告する。

 それでも参加者は殺到する。商売上手なMLEとESPN、そしてスポンサー企業の増加で早食い王の名誉も賞金も膨らんでいるからだ。6秒足らずでビール1・3リットルを飲み干す男もいれば、7分足らずでステーキ2キロ強を平らげる男もいる。

 体重50キロ弱の小さな体で、8分間に自分の体重の8分の1相当の食物を詰め込んだ人もいる。一方、MLE所属のエリート選手ともなれば、体重100キロ超の巨漢もざらにいる。

 今から50年後に歴史家が振り返って、現代の堕落(貪欲と自己破壊、そして無意味な名声への憧れ)を象徴する何かを探すとしたら、それは同性愛者の集まる公衆浴場でもモルモン教徒に残る重婚の習慣でも、インターネット上の出会い系サイトでもないだろう。

 それはESPNの生中継で、68本目のホットドッグを食道に必至で押し込むジョーイ・チェスナット──あるいは、誰かが彼の記録を破る瞬間かもしれない。

Slate.com特約)

[2010年7月21日号掲載]

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