最新記事

新型コロナウイルス

集団免疫実現は「早くても来年」、ワクチン忌避だけでない困難の理由

HERD IMMUNITY UNLIKELY

2021年5月26日(水)07時05分
ウィリアム・ペトリ(米バージニア大学医学部教授)
集団免疫

ILLUSTRATION BY FEODORA CHIOSEA/ISTOCK

<必要なのは天然痘並みの取り組み。集団免疫獲得への道は不確定要素だらけだ。この夏「新たな日常」が出現し、新型コロナは季節性のウイルスになるだろう>

ウイルス拡散に歯止めをかけるには「集団免疫」が必要だ──新型コロナウイルスの流行開始当初、アメリカでは公衆衛生・医療専門家がそう口にするようになった。

アメリカで新型コロナウイルスの集団免疫を達成するには、人口の60~90%が免疫を獲得する必要があるという。

同国で、一度もワクチンを接種していない人は約半数。だが米疾病対策センター(CDC)は5月13日、ワクチン接種完了者は原則的に、屋内外でマスクを着用しなくていいとする新たな指針を発表した。

こうしたなか、ある重大な疑問が浮上している。集団免疫を実現できない場合、どうなるのだろう?

筆者はこれまで、WHO(世界保健機関)のポリオ調査委員会委員長として、ポリオの集団免疫達成に向けた国際的取り組みを牽引してきた。その経験と知見から、新型コロナと集団免疫をめぐる問題を考察してみよう。

◇ ◇ ◇

集団免疫の達成とは、集団内の免疫獲得者が十分な数に達し、新規感染がゼロになる状態を指す。十分な数の人が免疫を得て、集団内でのヒトからヒトへの感染がなくなれば、免疫を持たない人々を保護できる。

免疫はワクチン接種、または問題の病原体に感染することで獲得が期待できる。世界規模、あるいは国や地域単位での集団免疫が存在しないわけではない。

アメリカをはじめ多くの国は、ポリオやはしかへの集団免疫をほぼ達成している。

一方、世界規模での集団免疫が達成されたのは、1980年に根絶が宣言された天然痘が唯一の例だ。根絶は、長年にわたる国際的なワクチン接種キャンペーンの結果だった。

ポリオも、グローバルな集団免疫に近づいている。1988年に世界ポリオ撲滅イニシアチブが設立された当時、ポリオは125カ国以上で風土病として存在しており、ポリオ感染で四肢が麻痺する児童の数は年間30万人を超えていた。

撲滅イニシアチブ開始から30年以上が過ぎた現在、野生株ポリオウイルスが残るのはアフガニスタンとパキスタンのみ。最新データによると、野生株ポリオウイルスの感染を原因とする麻痺症例はわずか2件だ。

つまり、世界的な集団免疫の達成は不可能ではない。ただし、実現できるのは、国際協調の下で大々的な取り組みを行った場合だけだ。

専門家の推定では、アメリカで新型コロナへの集団免疫を達成するには、人口の60~90%が免疫を獲得する必要がある。割合の振り幅が大きいのは不確定要素が多いからだ。

必要な免疫獲得者の割合は、ワクチン接種や既往感染が、新型コロナに起因する病気だけでなく他者への感染をどこまで防げるかに左右される。

より感染力の強い変異株の登場、マスク着用やソーシャルディスタンス(社会的距離)といった感染防止措置も考慮に入れなければならない。

重要な要素はほかにもある。例えば、ワクチン接種・ウイルス感染後の免疫持続期間や環境的要素(季節性、人口規模や人口密度、集団内での免疫の不均一性など)だ。

新型コロナへの集団免疫達成を妨げかねない要因は2つある。全成人接種の実現を阻む「ワクチン忌避」感情と、成人だけでなく未成年者の接種も必要とみられることだ。

米食品医薬品局(FDA)が5月10日、ファイザーとビオンテックのワクチンの対象年齢を引き下げ、12~15歳への緊急使用を許可したことは助けになるだろう。

だがワクチン普及が遅れる他国から、再び感染が持ち込まれる懸念は消えない。

集団免疫を獲得して新規感染を完全に阻止するのは簡単なことではない。新型コロナの場合、天然痘と同様に、各国が協力する長期的な活動なしには達成不可能だろう。

ワクチン忌避を生む理由はいくつかある。ワクチン不信や複数回の接種などが求められる利便性の問題、自分は感染しても大丈夫だと思い込む「おごり」などだ。

少なくとも来年にならなければ、新型コロナへの集団免疫は達成できないと、私はみている。実際には、それより長くかかる可能性が高い。

おそらく今夏の終わりまでに、アメリカでは「新たな日常」が出現する。新型コロナの感染者数や死者数が大幅に減少し、ソーシャルディスタンスやマスクの常時着用といった措置が解除されるのではないか。

新型コロナ感染は夏季に減少し、冬季になると増加する季節性のものになるだろう。

地域単位や適切な免疫を持たない小集団単位でのアウトブレイク(感染症の爆発的拡大)が起こり、短期のロックダウン(都市封鎖)が実施され、さらに感染力の強い新種の変異株が現れ、ワクチンの追加接種が求められることにもなりそうだ。

これまで進めてきた研究、治療法や新型ワクチンの開発の手を緩めてはならない。研究結果が示すように、新型コロナウイルスが消えてなくなることはないのだから。

The Conversation

William Petri, Professor of Medicine, University of Virginia

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

ニューズウィーク日本版 大森元貴「言葉の力」
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年7月15日号(7月8日発売)は「大森元貴『言葉の力』」特集。[ロングインタビュー]時代を映すアーティスト・大森元貴/[特別寄稿]羽生結弦がつづる「私はこの歌に救われた」


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

GMメキシコ工場で生産を数週間停止、人気のピックア

ビジネス

米財政収支、6月は270億ドルの黒字 関税収入は過

ワールド

ロシア外相が北朝鮮訪問、13日に外相会談

ビジネス

アングル:スイスの高級腕時計店も苦境、トランプ関税
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「裏庭」で叶えた両親、「圧巻の出来栄え」にSNSでは称賛の声
  • 2
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 3
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 4
    アメリカを「好きな国・嫌いな国」ランキング...日本…
  • 5
    セーターから自動車まで「すべての業界」に影響? 日…
  • 6
    トランプはプーチンを見限った?――ウクライナに一転パ…
  • 7
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、…
  • 8
    『イカゲーム』の次はコレ...「デスゲーム」好き必見…
  • 9
    【クイズ】日本から密輸?...鎮痛剤「フェンタニル」…
  • 10
    日本人は本当に「無宗教」なのか?...「灯台下暗し」…
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 3
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 4
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 5
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 6
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 7
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 8
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 9
    孫正義「最後の賭け」──5000億ドルAI投資に託す復活…
  • 10
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中