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科学後退国ニッポン

日本で研究不正がはびこり、ノーベル賞級研究が不可能である理由

JAPAN’S GREAT SETBACK

2020年10月28日(水)16時30分
岩本宣明(ノンフィクションライター)

「撤回論文」ランキング上位の日本人はいずれも医師で、ファング教授の研究は医学・生物学分野の論文に限定されたものだが、他分野も無関係ではない。実際、不正論文は後を絶たない。文部科学省は以前から日本人研究者の不正行為に危機感を募らせ、2006年には「研究活動の不正行為に関する特別委員会」を設置し、報告書を作成・公開した。

報告書は、不正の背景には競争的研究費の獲得競争、若手研究者のポスト獲得競争、研究者の功名心の肥大と倫理観の欠如、研究機関の成果主義の蔓延と自浄能力の欠如など、学術界の構造的な問題や体質の問題があることを指摘している。

ある国立大学工学部の教授は「身近に論文撤回の事例は知らない」と断りつつ、「不正はいつ起こっても不思議ではない」と指摘する。「ごく少数の倫理観の欠如した『偽研究者』は論外として、普通の研究者が不正に手を染めてしまうのは、研究費の不足や不安定な身分が原因だと思います。もう一つは、それが容易にできてしまう分野があること。例えば化学の分野ではデータの捏造や改ざんは、簡単に発覚するので不可能ですが、生物系では比較的容易だと聞きます」

文科省の2006年の分析は不正行為の背景だが、指摘された構造的・体質的な問題の、そのまた後ろには、日本の研究現場の困窮と疲弊があることは疑いない。ひとことで言うと、日本の研究現場は瀕死の状態にある。

その原因は一にも二にも、資金不足である。日本の政府は借金まみれで、未来への投資である科学技術の研究に回すカネがないのである。結果、研究者は「競争的資金」の獲得競争に時間を奪われ、大学や研究機関の人員削減で若手研究者は慢性的な就職難に苦しみ、魅力を失った大学院博士課程は空洞化し、日本の大学の世界的評価は下がり続けるという悪循環が起きている。このままでは、ノーベル賞受賞者はおろか、科学者自体が日本から消えてしまいそうな状況なのである。

言うまでもなく、日本の科学技術研究の屋台骨は大学である。科学技術関連論文の75%を「大学発」の論文が占めている。その大学の研究者は「貧乏暇なし」という状況に追い込まれている。

日本の国立大学は2004年に法人化されて以降、政府から交付され収入の多くを占める大学運営費交付金を減額され続け慢性的な経営難に陥った。運営費減額の代わりに「選択と集中」というお題目で増額されたのが、科学研究費補助金(科研費)に代表される「競争的資金」だ。研究を競い合わせ、成果のありそうな研究に集中的に資金を投入する政策である。

結果、「基盤的経費の減少のため退職教員の補充ができず若手研究者が雇用できない」「教員が減って学生指導の負担が増えたため、研究する時間がなくなる」「科研費や企業との共同研究など外部資金なしでは研究が続けられない」「競争的資金獲得のため研究者が事務作業に忙殺され研究する時間がなくなる」という状況に陥ってしまった。

私立大学も似た状況だ。私立大学の激増で政府から給付される1校当たりの経常費補助金は減り続ける一方、学生獲得競争が熾烈となり、教員は学生サービスを強く求められ、忙しくて研究している暇がないという状況が生まれている。

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