最新記事

海外ノンフィクションの世界

現代人は最大約2%ネアンデルタール人 人類史を塗り替える古代DNA革命

2018年9月25日(火)16時00分
日向やよい ※編集・企画:トランネット

古代DNA研究の最前線に身を置く体験

本書を読むことで読者は、めざましい発展を遂げつつある古代DNA研究の最前線に身を置く体験を堪能できる。著者の案内で、いわば古代DNA版の世界一周旅行をしながら、世界の各地域に住む人々がこんにちの姿になった経緯をたどる興味深い物語の数々に出合う。それは大規模な集団移動と、集団間の絶え間ない混じり合いの物語である。

およそ5万年前にアフリカを出てから、南米大陸最南端、あるいは南太平洋の遠い孤島に到達するまでの人類の遥かな旅路が、DNAの解析によってしだいに復元されていくさまはスリリングだ。

著者は、人類の遠い過去のみならず、現在と未来にも目を向ける。人類の集団間に見られる差異にはどのような意味があるのか、DNA解析は今後どうなっていくのかを、最新のさまざまな研究成果を紹介しつつ考察している。

印象的なセンテンスを対訳で読む

最後に、本書から印象的なセンテンスを。以下は『交雑する人類――古代DNAが解き明かす新サピエンス史』の原書と邦訳からそれぞれ抜粋した。

●Interbreeding with Neanderthals helped modern humans to adapt to new environments......at genes associated with the biology of keratin proteins, present-day Europeans and East Asians have inherited much more Neanderthal ancestry on average than in the case for most other groups of genes.
(ネアンデルタール人との交配は現生人類が新しい環境に適応するのに役立った......現代のヨーロッパ人や東アジア人は、ケラチンというタンパク質の働きに関わる遺伝子の部位に、その他の大半の部位に比べてネアンデルタール人DNAを平均してかなり多く受け継いでいる)

――ケラチンは体温の維持にとって大事な髪や皮膚の基本的な構成要素であることから、寒冷な気候に適応していたネアンデルタール人由来の遺伝子が交配を通じて現生人類のゲノムに取り込まれ、それが自然選択によって保存されたのだと考えられる。

●We called this proposed new population the "Ancient North Eurasians." At the time we proposed them, they were a "ghost"--a population that we can infer existed in the past based on statistical reconstruction but that no longer exists in unmixed form.
(わたしたちはこの想定上の新しい集団を「古代北ユーラシア人」と呼ぶことにした。想定当時、この集団は「ゴースト」だった。統計的な復元に基づいてその存在を推測したものの、そのままの形ではもう存在していないからだ)

――集団間の交配の証拠を調べる統計検定において、未知のゴースト集団が関わっていたとすればいろいろな検定結果がうまく説明できる。その後、このゴースト集団にぴったりのDNAを持つ人骨が実際に見つかっている。さまざまな地域の集団の成立を復元するなかで、ほかにも多くのゴースト集団の存在が浮かび上がってきた。

●Comparison of Y-chromosome and mitochondrial DNA types that are highly different between Africans and Europeans also shows that by far majority of the European Ancestry in these populations comes from males, the result of social inequality in which mixed-race couplings were primarily between free males and female slaves.
(アフリカ系アメリカ人とヨーロッパ人で頻度が大きく異なるY染色体とミトコンドリアDNAのタイプの比較から、アフリカ系アメリカ人の持つヨーロッパ人由来DNAが圧倒的に男性側から来ていることもわかった。異人種間の結びつきがおもに自由民男性と奴隷女性の組み合わせだったという、社会的な不平等の結果である。)

――古代から現代まで、集団が混じり合う際には常に、権力を持つ集団の男性と権力を持たない集団の女性との交配という「性的バイアス」が見られる。生殖に伴うこのような不平等は男女間には限らない。Y染色体の解析から、モンゴル帝国時代のたった1人の男性が、かつての占領地域に直系の男系子孫を何百万人も残していることがわかった。この人物はチンギスハンかもしれない。

◇ ◇ ◇

本書は、原題の「Who We Are And How We Get Here」が示すように、古代DNA研究分野の将来性を予見したルカ・カヴァッリ=スフォルツァの著書『わたしは誰、どこから来たの』(三田出版会、1995年)へのオマージュと言うべき作品である。

本書の著者も、人類の過去を復元し、いまのありようを考察するなかで、「われわれは何者なのか」という根源的な問いへの答えを模索する。だが、カヴァッリの時代と比べ驚異的なパワーを持つに至った解析技術を駆使して、生き生きとした動きに満ちた、遥かに鮮明な古代の人類地図を描くことに成功している。


『交雑する人類――古代DNAが解き明かす新サピエンス史』
 デイヴィッド・ライク 著
 日向やよい 訳
 NHK出版

トランネット
出版翻訳専門の翻訳会社。2000年設立。年間150~200タイトルの書籍を翻訳する。多くの国内出版社の協力のもと、翻訳者に広く出版翻訳のチャンスを提供するための出版翻訳オーディションを開催。出版社・編集者には、海外出版社・エージェントとのネットワークを活かした翻訳出版企画、および実力ある翻訳者を紹介する。近年は日本の書籍を海外で出版するためのサポートサービスにも力を入れている。
http://www.trannet.co.jp/

ニューズウィーク日本版 コメ高騰の真犯人
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年6月24日号(6月17日発売)は「コメ高騰の真犯人」特集。なぜコメの価格は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

中国粗鋼生産、5月は前年比-6.9% 政府が減産推

ワールド

中国の太陽光企業トップ、過剰生産能力解消呼びかけ 

ワールド

米ミネソタ州議員銃撃、容疑者逮捕 標的リストに知事

ビジネス

米FRB、金利は据え置きか 関税問題や中東情勢不透
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中