最新記事

音楽

「中身は空っぽのアイドル」の呪縛から、ついに解放されたハリー・スタイルズ

Shrugging Off Rock Stardom

2022年6月10日(金)12時30分
カール・ウィルソン(音楽評論家)
ハリー・スタイルズ

スカートをはいたりネイルをしたりと、ファッションも突き抜けた感があるハリー GILBERT CARRASQUILLOーGC IMAGES/GETTY IMAGES

<ワン・ダイレクションからの脱皮に必死だったハリー・スタイルズが、余計な力みを捨てた新作『ハリーズ・ハウス』で輝きを放つ>

あの頃の私はとても老いていた。今はあの頃よりずっと若い――。ハリー・スタイルズ(28)のニューアルバム『ハリーズ・ハウス』を聴いて、ボブ・ディランの名曲「マイ・バック・ペイジズ」の一節が思い浮かんだ。

スタイルズと言えば、活動休止中のイギリスの男性アイドルグループ「ワン・ダイレクション」の超人気者。それだけに、これまでソロとして発表した2枚のアルバムは、ロックミュージシャンとして認めてもらおうと必死になりすぎている感があった。

無理もない。昔からこの手のグループ出身者は、ロックの熱狂的なファンからも、ラジオ番組のプロデューサーからも、「中身は空っぽの商品」と見下されてきたのだから。だが、スタイルズはどんな元アイドルよりも21世紀のロックスターの資質を持つ。

彼は才能あるシンガーであり、聴衆の感情を揺さぶる才覚にもたけている。ファッションセンスも、ステージ上で放つカリスマ性も、音楽センスも抜群だ。時代の流れにも敏感で、その点はジェンダーの枠にはまらないビジュアルに表れている。

しかも10代の時にタブロイド紙のネタにされ続けたスタイルズは、ポップスターとしての過度なメディア露出を避けてプライバシーを守っているため、今のカルチャーシーンで最も得難い「神秘的な雰囲気」をまとうようになった。

過去のスターのまねより独自路線

2017年のソロデビュー作『ハリー・スタイルズ』と、2作目の『ファイン・ライン』(19年)は、それなりに優れたアルバムだった。ご機嫌なサウンドに巧みな構成とパフォーマンス、それに素晴らしい楽曲もいくつかあった。

だが、そこには壮大なクラシックロックを装っているという大きな欠点があった。スタイルズは最新作で、それをすっかりそぎ落とした。

自分よりもずっと若いビリー・アイリッシュ(20)の活躍を見て、もう自分はポップス界の若手有望株の座を争う立場にないことに気が付いたと、スタイルズは最近のインタビューで語っている。おかげで肩の力が抜けたのか、『ハリーズ・ハウス』はロックやファンクなどさまざまなスタイルを取り入れた緩い仕上がりになっている。

スタイルズのソングライティングも、エルトン・ジョンやスティービー・ニックスなど1970年代のシンガーソングライターのテンプレートを懸命に(しかし不鮮明に)なぞっていたときよりずっといい。支離滅裂に感じられるときもあるが、かえって人間的な魅力にもなっている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

オランダ半導体や航空・海運業界、中国情報活動の標的

ワールド

イスラエルがイラン攻撃と関係筋、イスファハン上空に

ワールド

ガザで子どもの遺体抱く女性、世界報道写真大賞 ロイ

ワールド

北朝鮮パネルの代替措置、来月までに開始したい=米国
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の衝撃...米女優の過激衣装に「冗談でもあり得ない」と怒りの声

  • 3

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 4

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 5

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 6

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 7

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 8

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 9

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 10

    紅麴サプリ問題を「規制緩和」のせいにする大間違い.…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中