最新記事

ロケ地巡礼

ニューヨークの観光名所になった「ジョーカー階段」の迷惑度

Creation of Must-Sees

2019年11月21日(木)18時45分
ローラ・ホルズマン

『ジョーカー』(日本公開中)の階段は、主人公の転落を象徴するシーンで使われる ©2019 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED TM & © DC COMICS

<階段のシーンが印象的なのは同じでも『ジョーカー』と『ロッキー』には決定的な違いがある>

ニューヨークで話題の最新観光スポットは博物館や公園、アート作品ではない。階段だ。

ニューヨーク市北部ブロンクスのアパート群に囲まれたそこは、通称「ジョーカー階段」。映画『ジョーカー』の公開以来、多くのファンが殺到し、ポーズを決めて写真を撮っている。

画像共有SNSのインスタグラムには#Jokerstairs というタグが登場。投稿写真がさらに多くの観光客を集めた。ただ、一部の地元住民にとっては、かなりの迷惑行為だ。

ジョーカー階段は映画の最も記憶に残るシーンの1つに登場する。ホアキン・フェニックス演じる大道芸人アーサー・フレックが殺人鬼ジョーカーに変身して、アパート近くの長い階段を踊りながら下りるシーンだ。

人々が映画やテレビ番組で見た場所を訪れるのは珍しくない。最も有名な例の1つは、別の階段だ。1976年に映画『ロッキー』が大ヒットすると、主人公のボクサーがトレーニングに利用したフィラデルフィア美術館前の階段を訪れるのがファンの習わしになった。ここは今、「ロッキー・ステップ」と呼ばれる観光名所になっている。

ロッキー・ステップとジョーカー階段は深い部分でつながっている。どちらの作品も、負け犬の男が徐々に自信を付けていく物語だ。そしてどちらも、主人公の変化の象徴として階段を使用している。

「上る男」と「下りる男」

シルベスター・スタローン演じるロッキーは、最初は美術館の階段を走って上るのに苦労する。だが体力と自尊心が付くと、軽々と上り切り、高層ビル群を見下ろしながらこぶしを突き上げる。

フレックは映画の序盤で、長い階段を重い足取りでとぼとぼと歩く。この男の悲哀を強調するルーティンだ。一方、ジョーカーとなって現れるときは、不気味なほど自信たっぷりに階段を進む。

ただし、両者には違いもある。ロッキーは階段を上るが、フレックは下りる。片方のキャラクターにとって、それはヒーローへの道を表現している。もう一方にとっては、闇への転落を象徴する。

さらにロッキー・ステップの先にあるフィラデルフィア美術館は、高尚な文化施設。ジョーカー階段は、ニューヨーク市内の貧しい地区にある。

映画でも観光でも、ロッキー・ステップは成功と達成を意味する特権的空間に人々を連れて行く。階段を駆け上がるファンだけでなく、都市自体もポップカルチャーの名声という恩恵を受ける。

だが、ジョーカー階段で特権を享受するのは押し寄せる観光客だけだ。彼らの見方は地元の住民とは違う。地元民にとって、ここは通勤ルートの一部であり、かつてスケートボードで遊んだ場所であり、暗くなったら行くなと両親から言われた危険地帯だ。

こうした違いが、ジョーカー階段の周囲に漂う緊張感の理由の1つだ。観光客はポップカルチャーの断片を体験する冒険に胸をときめかせるが、地元民は部外者から注目を浴びることに警戒心を抱く。

ジョーカー階段の真の意味──それは、現実世界を通して初めて見えてくる。

The Conversation

Laura M. Holzman, Associate Professor, Public Scholar of Curatorial Practices and Visual Art, IUPUI

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

<本誌2019年11月26日号掲載>

【参考記事】『ジョーカー』怒りを正当化する時代に怒りを描く危うい映画
【参考記事】【写真特集】ニューヨークが生む偶然でない偶然

20191126issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

11月26日号(11月19日発売)は「プラスチック・クライシス」特集。プラスチックごみは海に流出し、魚や海鳥を傷つけ、最後に人類自身と経済を蝕む。「冤罪説」を唱えるプラ業界、先進諸国のごみを拒否する東南アジア......。今すぐ私たちがすべきこととは。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国万科の社債権者、返済猶予延長承認し不履行回避 

ビジネス

ロシアの対中ガス輸出、今年は25%増 欧州市場の穴

ビジネス

ECB、必要なら再び行動の用意=スロバキア中銀総裁

ワールド

ロシア、ウクライナ全土掌握の野心否定 米情報機関の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    週に一度のブリッジで腰痛を回避できる...椎間板を蘇…
  • 6
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 7
    【外国人材戦略】入国者の3分の2に帰国してもらい、…
  • 8
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 9
    「信じられない...」何年間もネグレクトされ、「異様…
  • 10
    米空軍、嘉手納基地からロシア極東と朝鮮半島に特殊…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 9
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 10
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中